挨拶だけで終わってしまっていませんか?

 地域に根差した医療の実現に向けた取り組みが本格的に進む中、個々のクリニックも、来院する患者の健康だけでなく、地域の健康増進の視点に立った取り組みが求められています。

 地域との接点となるものはいろいろありますが、もっとも身近な「近隣の商店」などとは、日頃どのようにお付き合いされているでしょうか。開業時には近隣の商店に挨拶したけれど、その後は特にかかわりもない。それでは、少しもったいない気がします。

 今回は、クリニックの身近にある商店との連携協働する事例から、かかわりを持つことの効果と、自院の資源を活かしていくための視点について考えてみましょう。

潜在的な医療ニーズを知る絶好のチャンス

 都市部からほどなく離れたR市で内科クリニックを開業したK先生。当初は郊外の大型ショッピングセンターに併設するクリニックモールで開業しようと思っていましたが、他の地域よりも高齢化が進んでいる故郷R市の将来を考え、お年寄りなどが気軽に立ち寄れる商店街に自院を構えることにしました。

 R市でも比較的乗降率の高い駅周辺にある商店街ということもあったので、次第に患者は集まってくるだとうと思っていたのですが、開業して半年も経つのに、患者は思うように集まりません。

 診察室から外を眺めていると、向かいに並ぶ商店はお客さん切れることなく来ている様子。昔の賑やかさはないものの、他の商店もそれなりに繁盛しているようです。

 開業の際に顔見知りになった近隣のスーパーの店主に、何気なく悩みを相談してみました。するとこんな言葉が。

「うちの店では、ある食材が体にいいという噂が立つと、それが飛ぶように売れるのですが、お客さんから『具体的にどのように食べればいいのか』と聞かれると困ってしまう。病院には病気の時にしかかからないので聞けないし、そもそも病気以外のことをお医者さんに聞いてもいいものか」

 この一言から、K先生はスーパーで、健康に関する講習会を定期的に開催することにしました。「冷え症」や「メタボ」「めまい」など、多くの方が関心を持つようなテーマを据え、症状や病気のことに加え、健康管理や体に良い食材、調理方法、身体づくりのコツなどを分かりやすく話したところ、噂は口コミで広がり、あっという間に満員に。その効果はまもなく、クリニックの患者数にも表れるようになったそうです。

 今では、他の商店の方々と定期的に話し合いの場を持ち、商店の一角を借りての「出張健康教室」や「健康相談室」の取り組みへと広がりを見せているそうで、集客はもとより、地域で何でも相談できるお医者さんとして、認知度も高まっているということです。

 この他にも、商工会や青年会に参加して、中小企業や商店の関係者と関係を持つことで、職場内で健康に関する勉強会の開催や、社会保険労務士と協力し合ってメンタルヘルスに関する情報発信をしている事例もあります。また、手芸店や楽器店から得たサークル活動等の情報を活用し、院内展示会やミニコンサートを開催している事例もあります。気軽にクリニックに足を運んでもらうことを通じて、参加されたご本人はもとより、ご家庭の「かかりつけ医」として良い関係が築かれているようです。

 実践的なかかわりでなくても、食品や家庭環境、気候などと関連させた、健康づくりに関する情報を簡単な冊子にして配布したり、医師や看護師からのメッセージを貼り出してもらうなどの工夫も効果が期待できます。

自院の資源を地域の健康に還元していこう

 今、人口の減少や大型店舗の進出などを背景に、苦境に立たされている商店は少なくありません。一方で、長年に渡り地元で生業を形成してきた商店には、商売を通じて培ってきた、地域の方々との信頼関係があると同時に、彼らが求めているものや関心がある事柄などを、同じ生活者の目線で見極め、迅速に商売につなげていける力があります。

 「治す医療」から「支える医療」に。医療の力点が変革する今だからこそ、こうしたさまざまな地域の方々の力を借りながら医療ニーズを的確に把握するとともに、自院の持つ知識や技術を還元していくことで、地域に真に求められるクリニックを目指していきましょう。