2020年6月の「改正労働施策総合推進法」(通称:パワハラ防止法)の施行により、職場におけるパワーハラスメントについて、事業主に防止措置を講じることが義務付けられました(大企業は2020年6月1日から、中小企業については2022年3月31日までを努力義務期間とし、2022年4月1日から義務化)。本改正を踏まえ、厚生労働省から指針が公表されるなど、職場内におけるパワハラ予防策の推進に向けた考え方や取り組み方が示されています。同様に、セクシャルハラスメントやマタニティーハラスメントについても、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法に基づき体制強化が図られています。

こうした取り組みが進む一方で、顧客や取引先からの暴言や暴力、悪質なクレームなどの、いわゆるカスタマーハラスメントについては、法律上の定義がないのが現状です。

特に医療現場においては、患者やその家族などからの暴言や暴力など(※)が原因で、休職や離職を余儀なくされるケースが増加傾向にあると同時に、新型コロナウイルス感染症に関連して、医療従事者がいわれのない誹謗中傷にさらされるなど、カスタマーハラスメントの問題はより深刻さを増しています。

今回は、医療現場における暴言・暴力の現状を踏まえながら、命を守る医療従事者が、安心・安全に働き続けることのできる職場をつくるために必要なカスタマーハラスメント対策について解説します。

医療現場における暴言・暴力の状況

日本看護協会が行った「2017年看護職員実態調査」によると、過去1年間に職場で何らかの暴力やハラスメントを受けた経験がある看護職員は全体の52.8%にのぼることが分かっています。

また、暴力・ハラスメントを誰から受けたかについてみてみると、「精神的な攻撃」「身体的な攻撃」や「意に反する性的な言動」を、患者やその家族などから多く受けていたことが分かります(図表1)。

厚生労働省の「令和2年版過労死等防止対策白書」では、「医療・福祉」業種の労災支給決定(認定)を受けた事案(平成22年度から29年度までの事案)のうち、精神障害事案の主な具体的事例でもっとも多かったのは「悲惨な事故や災害の体験、目撃をした」と、職務内容に起因する要因がその背景にあることが推察される一方で、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴力を受けた」も、他産業に比べて多い傾向にあることが分かっています。

この調査では、嫌がらせやいじめ、暴力をふるう相手は誰かという部分は触れられていませんが、前述した調査結果も鑑みると、患者やその家族から被害を被っているケースは多く存在すると同時に、精神障害と関連するような深刻な状況が、医療現場に一定数存在しているのではないかということを窺い知ることができます(図表2)。

カスタマーハラスメントの対策づくりの進め方

カスタマーハラスメントは、対象となった職員の心身の苦痛や精神的な屈辱感を抱かせるだけではなく、健康や働き方などに大きな影響を及ぼすとともに、医療機関においても、業務に支障が生じることによるサービスの質の低下や患者や地域からの信頼の低下を招くことになります。

国民の医療に対する認識や社会情勢の変化を考えると、カスタマーハラスメントは医療機関の規模や診療科を問わずいつでも起こりえるのだということを認識し、可能な限りの対策を整えておく必要があります。

 

(1)安全管理体制に対する風土づくり

院内におけるカスタマーハラスメントの現状をしっかりと調査し、組織全体でどのような取り組みを進めていくかを明確にするとともに、掲示物やパンフレット等を通じ、自院においてカスタマーハラスメントは絶対に容認しないという姿勢をしっかりと内外に示していくことが重要です。

 

(2)院内の警備・保安体制の確認

現状の警備・保安体制の確認を行うとともに、改善すべき点や検討すべき点について話し合いを行い、今後の取り組みの方向性に沿った整備を進めていきます。防犯システムに関しては、導入経費や維持管理に関するコストを考慮しながら整備を行う必要があります。システムや機器に理解のある警備会社や、防犯アドバイザー等の助言・相談を受けながら検討を進めていきましょう。

 

(3)対応・防止マニュアルの整備

カスタマーハラスメントに対する基本的対処方針を定めるとともに、暴言・暴力のレベルを予め定義し、それに基づいた対処方法をフロー表にして記しておくと、緊急時であっても全ての職員が適切に対応することができます(図表3)。

 

(4)教育・研修の実施

マニュアルには上記に記した事柄のほか、「相手と距離を置く」「会話は記録する」「脅されても過剰反応しない」「個人情報を漏洩しない」など、実際にカスタマーハラスメントに対応する際の具体的な姿勢や対応の仕方を記載していくこととなります。そうした事柄はマニュアルに記載するだけでは十分ではありません。緊急時の迅速かつ臨機な対応を目指すためにも、日頃から研修等を通じて、カスタマーハラスメントに対するリスクマネジメントの理解や院内の発生状況の共有、発生回避に向けた知識・技術の研鑽を院内で積んでいくことができる機会づくりが求められます。

 

被害者となった職員をフォローする体制を整えていくことも忘れてはいけない対策の一つです。

組織として、カスタマーハラスメントに対して毅然とした態度で対処し、責任をもって職員を守る姿勢を明確にするとともに、十分な休養への配慮や心情的に負担がかからない働き方の検討などについて考慮する旨を明文化したり、疑問や相談を常に受け止めるための窓口や担当者を決めておきます。

こうした取り組みは、職員の働き方にに対する安心感を生み出します。安心感が保たれた職場では、職員一人ひとりが職場環境に関心が向きやすくなりますので、カスタマーハラスメントを未然に防止することにもつながっていきますので、可能な限り対策に盛り込んでいくよう心がけましょう。

 

※ 医療機関におけるカスタマーハラスメントは 「ペイシェントハラスメント」とも呼ばれています。