なぜ医師の宿日直許可が必要なのか

2024年4月より医師の時間外労働の上限規制が適用されます。適用後は、管理監督者を除く全ての勤務医に対して、原則、A水準(年960時間以下)の規制が適用され、各医療機関において労働時間の管理が必要となります。

医師の労働時間に関しては「宿日直」が大きく影響します。病床を有する医療機関では、医師が本来業務終了後などに、夜間帯に泊まり込み待機をする「宿直」を行ったり、日勤帯に待機をする「日直」を行うことがあります。それぞれ、対応する時間が異なるだけで、“本来業務をせず待機する勤務”という点は共通しており、通常業務を行うわけではないため、労働時間や休憩に関する法令が適用されません。つまり「宿日直」を行ったとしても、時間外労働の上限規制(A水準の年960時間)には、その時間は算入されません。この適用を受けるためには、所轄の労働基準監督署へ宿日直を行うこと(又は行っていること)の許可を受ける必要があります。そのため、病床を有する医療機関においては、「宿日直の許可」を受けることがとても重要となります。

ページ下部の【医師の派遣を受け入れている医療機関の宿日直許可の申請状況(令和4年8月・第93回社会保障審議会医療部会(令和4年11月28日)の資料より抜粋)】のとおり、宿日直の許可を受けていない医療機関は未だに多く、申請手続きには一定のハードルがあります。今号では医師の宿日直許可の申請のポイントについて解説します。

宿日直の許可基準・申請書類について

宿日直の許可基準は以下のとおり定められています。

【労働基準法に関する通達 昭和22年09月13日発基第17号より抜粋】

 1.勤務の態様

 ① 常態として、ほとんど労働をする必要のない勤務のみを認めるものであり、定時的巡視、緊急の文書又は電話の収受、非常事態に備えての待機等を目的とするものに限って許可するものであること。

 ② 原則として、通常の労働の継続は許可しないこと。したがって始業又は終業時刻に密着した時間帯に、顧客からの電話の収受又は盗難・火災防止を行うものについては、許可しないものであること。

 2.宿日直手当

 ・宿直勤務1回についての宿直手当又は日直勤務1回についての日直手当の最低額は、当該事業場において宿直又は日直の勤務に就くことの予定されている同種の労働者に対して支払われている賃金の一人1日平均額の1/3以上であること。

 3.宿日直の回数

 ・許可の対象となる宿直又は日直の勤務回数については、宿直勤務については週1回、日直勤務については月1回を限度とすること。

 ・ただし、当該事業場に勤務する18歳以上の者で法律上宿直又は日直を行いうるすべてのものに宿直又は日直をさせてもなお不足であり、かつ勤務の労働密度が薄い場合には、宿直又は日直業務の実態に応じて週1回を超える宿直、月1回を超える日直についても許可して差し支えないこと。

 4.その他

 ・宿直勤務については、相当の睡眠設備の設置を条件とするものであること。

 

この基準に加え、医師等の宿日直許可については、より具体的な判断基準が示されており、全ての基準を満たす必要があります。

【医師、看護師等の宿日直許可基準について 令和元年7月1日基発0701第8号より抜粋】

 (1)  通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後のものであること。(通常の勤務時間が終了していたとしても、通常の勤務態様が継続している間は宿日直の許可の対象にならない。)

 (2)  宿日直中に従事する業務は、前述の一般の宿直業務以外には、特殊の措置を必要としない軽度の又は短時間の業務に限ること。例えば以下の業務等をいう。

 ・医師が、少数の要注意患者の状態の変動に対応するため、問診等による診察等(軽度の処置を含む。以下同じ。)や、看護師等に対する指示、確認を行うこと

 ・医師が、外来患者の来院が通常予定されない休日・夜間(例えば非輪番日など)において、少数の軽症の外来患者や、かかりつけ患者の状態の変動に対応するため、問診等による診察等や、看護師等に対する指示、確認を行うこと

 ・看護職員が、外来患者の来院が通常予定されない休日・夜間(例えば非輪番日など)において、少数の軽症の外来患者や、かかりつけ患者の状態の変動に対応するため、問診等を行うことや、医師に対する報告を行うこと

 ・看護職員が、病室の定時巡回、患者の状態の変動の医師への報告、少数の要注意患者の定時検脈、検温を行うこと

 (3)  宿直の場合は、夜間に十分睡眠がとり得ること。

 (4)  上記以外に、一般の宿日直許可の際の条件を満たしていること。

 

これらの許可基準を踏まえ、所轄の労働基準監督署へ許可申請します。申請書に添付する必要書類は監督署によって指示が異なるため、申請前に予め確認したうえで、書類を準備する必要があります。一般的に求められる必要書類は以下のとおりです。

 

必要書類

 ●宿直又は日直勤務許可申請書

(以下、添付書類)

 (1)  宿直又は日直する医師の賃金日額が分かる書類

 (2)  医師の巡回ルートが分かる病棟の図面

 (3)  宿日直室の見取り図

 (4)  宿日直マニュアル

 (5)  宿日直日誌

 

本紙となる宿日直許可申請書は、厚生労働省が指定する所定の様式を使用しますが、その他の書類は様式自由です。

※ページ下部の【参考】宿日直許可申請書 参照

 

医師の賃金日額が分かる書類は、宿直と日直で別々の書類を作成します。対象となる医師が全く同じでも同様です。賃金日額の算出方法は、労働基準法第12条の定められた平均賃金の考え方を用います。

 

 平均賃金の算出方法(労働基準法第12条)

 平均賃金=3か月に支払われた賃金総額/3か月の総日数

 ・算定期間中に支払われる時間外労働割増賃金や各種手当を含む賃金のすべてが含まれ、いわゆる手取り金額ではなく、税・保険料等を控除しない賃金総額

 <賃金の総額から除外する項目>

 ① 臨時に支払われた賃金(結婚手当・私傷病手当・見舞金・退職金等)

 ② 3か月を超える期間ごとに支払われる賃金(年 2 回の賞与等)

 ③ 通貨以外のもので支払われた賃金、いわゆる現物給与

 

常勤の医師や、日給/時給契約の非常勤医師の場合は、上記計算式で算出することが可能ですが、宿日直のみで契約している医師等は、そもそも通常業務時の賃金単価を契約していない場合もあります。その場合の対応方法は、所轄の労働基準監督署へ確認する必要があります。

算定した賃金日額を踏まえて、1回の宿日直手当の単価が、賃金の一人1日平均額の1/3以上になっている必要があります。なお、宿日直手当が雇用形態(常勤と非常勤)や曜日(診療日と休診日)等で異なる単価が設定されている場合は、それぞれの単価を記載する必要があります。

また、勤務の態様に記載する内容と、宿日直日誌に記載された内容に大きな乖離がある場合は、許可を受けられない恐れがありますので、日誌の内容を踏まえて勤務の態様を記載することが求められます。

宿日直許可の範囲について

従来、宿日直許可の範囲は、事業場単位で受けるものでしたが、令和元年の通達で以下の通り範囲を限定した許可取得が可能な旨が明記されました。

 

【医師、看護師等の宿日直許可基準について 令和元年7月1日基発0701第8号より抜粋】

 宿日直の許可は、一つの病院、診療所等において、所属診療科、職種、時間帯、業務の種類等を限って与えることができるものであること。

例えば、外科系の診療科において許可基準を満たすことが難しい場合は、内科系の診療科においてのみ許可を受ける、外来患者の対応業務は許可基準を満たすことが難しい場合で、病棟業務についてのみ、許可を受ける場合等を指します。

まずは、各医療機関において、現在の勤務態様を踏まえ、許可基準とどの程度の乖離があるかによって申請の範囲を検討する必要があります。宿日直許可の範囲が広くなるほど、労働時間に関する法令の適用を受けなくなる範囲が広くなるため、軽微な修正対応で基準が満たされる場合は、可能な限り対象範囲を広げることが望ましいでしょう。

宿日直時間内に通常の労働が発生した場合の対応方法

宿日直は、常態としてほとんど労働をする必要のない勤務を指しますが、時間内に救急対応などで通常業務を行うこともあります。その場合は、本来、労働した場合と同額の賃金を支給する必要があります。なお、その場合で、深夜割増や時間外割増が必要な場合は、それぞれの割増賃金も支給する必要があります。

不許可となる医療機関の事例

宿日直許可申請書を提出しても、宿日直の許可基準を満たしていない場合は、不許可と判断されます。不許可と判断される医療機関の特徴を以下に示します。

 ・宿日直の実施頻度について、常勤医師は基準を満たしているが、非常勤医師は、連続する複数日程で行っていて基準を満たせていない

 ・ほぼ毎回、救急対応が複数回発生し、その業務の合計時間が2~3時間程度になっている

 ・輪番日における業務負担が大きく、常態として通常業務を行う時間が大半を占めている

 ・宿直室にベッドがなく、睡眠をとれる環境が整備されていない

一度、不許可になったとしても監督署からの修正指示を踏まえ、必要な対応を行うことで再度の申請が可能です。修正が難しい場合は、先述した通り、範囲を限定して許可を受けることを検討するのも一案です。

まずすべきことは

宿日直許可届の提出を検討している場合は、まず許可基準を満たした状態であるかどうか実態を調査する必要があります。宿日直日誌に記載された内容と、実態が異なることも少なくありません。また、実施頻度が基準を下回っている(許可基準よりも多い回数対応している)医師がいることも考えられます。これらの状態を踏まえて、非常勤医師を増やしたり、実施回数が少ない医師も含めて宿日直を回すことができるのかを検討し、許可を取れるのかどうかを踏まえて対応する必要があります。

※ページ下部の【参考】宿日直許可書 参照