改正労働基準法に基づき、20244月より医師の時間外労働の上限規制が適用となります。これに先立ち、従来の労働条件の見直しを検討する医療機関は多くみられ、この場合、今後新たに雇用契約を締結し直すこととなります。また、有期雇用であれば、労働条件に大幅な変更がない場合であっても、年度変わりに契約を更新することになります。同じタイミングで労働契約法の改正も施行されるため、今後、雇用契約の締結や労働条件の通知には注意が必要となります。本稿では医師の雇用契約の締結と労働条件の通知に関する留意点について解説します。

改正労働契約法のポイントについて

現行の労働契約法では、有期労働契約が反復更新されて通算5年を超えたときに、労働者の申込みによって無期労働契約に転換しなければならないルール (無期転換ルール)が適用されています。「無期転換権」はあくまで労働者側からの申込みによって発生しますが、このことを労働者が知らないケースも多く、2024年4月以降は以下を労働条件に明示することが義務付けられます。

 

 ① 更新上限

 ・有期契約を締結する際および契約を更新するタイミングごとに、契約の更新上限(通算の契約期間と更新回数の上限)の有無上限がある場合はその内容

 ② 無期転換申込機会

 ・無期転換権が発生するタイミングごとに、無期転換を申し込むことができる旨

 ③ 無期転換後の労働条件

 ・無期転換権が発生するタイミングごとに、無期転換後の給与や職責等の労働条件(変更がない場合はその旨)

 

医師の場合は有期契約が多く、敢えて無期転換を望まない方も見られ、その理由としては、兼業先も踏まえて勤務条件を柔軟に設定したい、将来的な開業に備え退職しやすい形態で就業したいなどが考えられます。無期転換権を行使することは稀なケースと言えますが、上記を踏まえた計画的な契約更新の体制を整備する必要があります。

雇用契約の内容・通知すべき労働条件等に関する留意点

使用者が労働者を採用するときは、以下の内容について「労働条件通知書」などにより原則、書面で通知しなければなりません。

 

 ・契約期間

 ・契約更新の基準、更新の上限

 ・無期転換に関する事項(上記②~③)

 ・就業場所、業務内容

 ・始業・終業時刻、休憩、休日

 ・賃金の決定方法、支払方法

 ・昇給、賞与、退職金に関する事項

 ・昇給

 ・退職事由

 

2019年の労働基準法施行規則の改正に伴い、一定の要件を満たす場合、労働条件をFAXやメール、SNSなどの電子媒体で通知することが可能となっています。

① 従業員本人が希望すること

② 従業員本人のみが確認できる状態であること

③ 紙面に出力できる形式であること

昨今では、採用面接や契約更新時の面談等をオンライン形式で行うケースも多く、その後の労働条件の通知もクラウド上でペーパーレス管理するケースも増えています。

なお、「雇用契約」は「口約束」でも成立するため、雇用契約書を書面で取り交わす必要はありません。これに対して「労働条件の明示」は労働基準法で義務付けられているため、先述の内容に則り対応する必要があります。とは言え、後々トラブルとならないよう雇用契約書を取り交わすことが望ましく、「労働条件通知書兼雇用契約書」というかたちで2つの書類を兼ねるケースも一般的です。

みなし残業手当を支給する際のポイント

医師との雇用契約の際、最もトラブルになりやすいのが常勤医師の残業手当の支払方法についてです。「病院・常勤勤務医の週当たり勤務時間」では、診療科による差はあるものの、全診療科における週当たりの勤務時間平均は56時間22分と、週の法定労働時間40時間を大きく上回っていることがわかります。なかでも外科・脳神経外科・救急科の上位3診療科は60時間を超えており、相対的に「外科系」の診療科において勤務時間が長時間化していることがわかります。このように、恒常的に残業が発生すると、勤怠管理・給与計算が煩雑になるため、経営者としては、残業手当を前払いする、いわゆる“みなし残業手当”を支給することが考えられます。(図表1)

 

みなし残業手当は、実際の残業時間数に関わらず、毎月一定の残業をすることを前提に、予め設定した時間数分の残業手当相当分を固定的に支給する方法であり、以下のメリット・デメリットがあります。

 メリット

 ・給与計算の負担が軽減される

 ・固定的に支給する賃金の割合が高くなるため求人効果に繋がる

 デメリット

 ・一定割合の残業手当が固定化されるため、人件費が高騰するリスクがある

 ・設定した時間数を超過した場合、超過分の残業手当を計算する必要がある(給与計算の負担軽減メリットを享受できなくなる)

 ・(求職者に)ある程度の残業は発生するものと認識される

 

みなし残業手当を導入する場合は、以下の3点を遵守する必要があります。

① 何時間分の残業として支給しているのかを、明確にすること

② 基本給に内包するのではなく、別途給与項目を設定し、支給額を明確にすること

③ 設定した時間数を超過する残業が発生した場合は、別途残業手当を支給すること

 

みなし残業手当は、言わば「残業代の先払い」であるため、残業代そのものを抑制するものではありません。特に時季によって業務の繁閑の差が激しい診療科では、これにより支払人件費が増加するリスクも考えられます。年間の業務量が一定の診療科において、かつ残業時間にある程度の見通しが立っている場合において、導入を検討する余地があると言えます。

常勤・非常勤間の処遇のバランスに配慮する

常勤と非常勤の医師が同一の職場に混在する医療機関では、雇用契約に応じて、年俸制、日給制など様々な雇用契約が設定されています。この場合、同一労働同一賃金の原則に基づき、常勤・非常勤間の処遇差に合理性を持たせることが必要となりますが、医師の業務に関しては属人性が強く、勤務形態のみでは単純比較できないケースがほとんどと思われます。

その反面、あまりに待遇差が大きい場合や、非常勤の方が優遇されるようなことが明白だと、

医師のモチベーション低下や医師不足に陥るリスクも考えられます。長期的な医師の定着を実現するためには、医師の雇用においても、同一労働同一賃金を意識した待遇の設定が求められます。

例えば、明確な年俸水準等を給与規程に明記せずに、個別に異なる条件で雇用契約が締結されると、後のトラブルや他の医師との間での不均衡を生じさせる原因になりやすいと考えられます。個別事情を勘案するにしても基本となる労働条件は各院内で整理する必要があり、医師に人事評価やインセンティブを適用する場合、採用(・雇用契約)時にその旨を説明することが求められます。

医師の働き方改革の施行は間もなく

医師の特性を踏まえると、他職種のように一元化された人事管理(労働時間・給与設定等)は難しい点があります。今回ご紹介した労働条件の通知やみなし残業、同一労働同一賃金に関すること以外にも、宿日直許可、副業・兼業のルールの設定、医師業務のタスクシフティング、など整理すべき事項は多岐に渡ります。過去のバックナンバーなども参考に、間もなく施行を迎える医師の働き方改革に備えましょう。