2023523日、政府は「令和4年度の労働災害発生状況」を取りまとめ公表しました。新型コロナウイルス感染症の罹患によるものを除いた労働災害による「死亡者数」は774人と過去最少になった一方で、「休業4日以上の死傷者数」は132,355人と過去最多となっています。厚生労働省では、労働災害を減少させるために国や事業者、労働者等が重点的に取り組む事項を定めた「労働災害防止計画」を策定しており、20234月から新たに第14次計画(2023年度~2027年度)が実行されています。今回は、医療現場における労災の現状と国の計画を踏まえた今後の対策について考えます。

医療現場における労働災害の発生状況について

2022年における「休業4日以上の死傷者数」を主な業種別にみると、製造業(26,694人)、商業(21,702人)に次いで、保健衛生業(医療現場や社会福祉施設など)は17,237人となっており、全産業の13%程度を占めています(図1)。死傷災害の原因をみると、保健衛生業においては「転倒」や「動作の反動・無理な動作」によるものが多く、後者は全産業で最も多い結果となっています(図2)。具体的な症例としては「災害性腰痛」があげられ、保健衛生業における労災申請の半数近くを占めると言われています。身体的に負担がかかる業務であることに加え、交代勤務や職場の人材不足などを理由に無理をしてしまうことなども、腰痛を悪化させる原因と指摘されています。

次に「精神障害に関する事案」の労災の状況についてです。精神障害の事案は年々増加しており、2022年の労災決定件数1986件は過去最多となっています。このうち「医療・福祉」現場については全産業で最多となる474件(23%)となっています(図3)。「医療・福祉」現場の就業者数は全国で約900万人、総就業者に占める割合は約13%であるため、他の業種に比べ精神的負担も大きいと考えられます。

働き方改革の推進により、時間外労働の規制や有給休暇の取得義務、ICTの導入等による負担軽減などが進められる一方で、医療現場の労働環境には未だ課題があることが伺えます。

14次労働災害防止計画について

「労働災害防止計画」は5年を1期とし策定されており、第13次計画(2018年度~2022年度)においては、目標とされていた「死亡災害15%以上減少」は達成されたものの、「死傷災害5%以上減少」は未達となり、先述のとおり直近で過去最多を更新しています。とりわけ「中高年齢女性」の労働災害が全体の約4割程度を占めており、高年齢労働者に対する労働環境の整備の必要性が浮き彫りとなりました。

この状況を踏まえ、第14次計画では、以下8項目を重点対策に定めています。

 ①   自発的に安全衛生対策に取り組むための意識啓発(社会的に評価される環境整備、災害情報の分析強化、DXの推進)

 ②   労働者(中高年齢の女性を中心に)の作業・行動に起因する労働災害防止対策の推進

 ③   高年齢労働者の労働災害防止対策の推進

 ④   多様な働き方への対応や外国人労働者等の労働災害防止対策の推進

 ⑤   個人事業者等に対する安全衛生対策の推進

 ⑥   業種別の労働災害防止対策の推進

 ⑦   労働者の健康確保対策の推進(メンタルヘルス、過重労働、産業保健活動)

 ⑧   化学物質等による健康障害防止対策の推進

 

また、具体的な定量目標として以下(※一部を抜粋)を設定し、定期的なモニタリングを通じて、取組強化を図る方針です。

  •  ・ 死亡災害:5%以上の減少、死傷災害:増加傾向に歯止めをかけ2027年までに減少
  •  ・ 年次有給休暇の取得率を 2025 年までに70%以上とする
  •  ・ 勤務間インターバル制度を導入している企業の割合を 2025 年までに15%以上とする
  •  ・ メンタルヘルス対策に取り組む事業場の割合を 2027 年までに80%以上とする
  •  ・ 使用する労働者数50人未満の小規模事業場におけるストレスチェック実施の割合を2027 年までに50%以上とする

 

総務省統計局によると、2022年時点の「平均就業者数」は6,723万人、男性は3,699万人(12万人減少)、女性は3,024万人(22万人増加)となっており、女性労働者は増加傾向にあります。医療現場で活躍する「看護師」については、女性比率が概ね9割以上となっていることに加え、年齢構成に関しても、45歳以降の年齢構成割合が高くなっています(図4)。

これらの点や過去の統計を踏まえると、医療現場では実際の労災認定件数以上に、潜在的リスクを抱えていることが想定され、その対策は急務と言えます。

医療現場における労災の予防施策

各院においては労災の実績の有無にかかわらず、職員に身体的・精神的な負担が生じている可能性を意識し、職場の労働衛生対策に務める必要があります。具体的な取組事例を紹介します。

 

● 「職場の安全」と「職員の健康」のチェック

職場内での「怪我」などを防ぐため、定期的に安全と健康のチェックを行うことは重要です。厚生労働省では「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」を公表しており、ここでは高年齢労働者の安全と健康を守るための取組策を公開しています。ガイドラインに附属している職場環境のハード面・ソフト面に関する「100のチェックリスト」を用いて職場を点検するとともに、「転倒等リスク評価セルフチェック票」により職員自身が身体状況をチェックすることも有効です。

 

● 職場の「メンタルヘルス」対策

精神的な負担が大きい医療現場における重要課題の一つと言えます。メンタル不調は仕事のプレッシャーや対人関係以外にも、身体的な負担が起因する場合もあるため、多角的な対策が必要となります。一例として「産業医等の配置による相談窓口の設置」、「ハラスメント窓口の設置」、「カスタマー(・ペイシェント)ハラスメント対策の実施」、「リフレッシュ休暇等の休暇取得制度の充実」、「労働時間(・睡眠時間)管理表の可視化・共有化」などがあげられます。

 

● 出産・育児復帰支援プランの策定

40歳前後の女性労働者の中には、出産や育児がひと段落し、休職や時短勤務からフルタイム勤務に復帰するケースもみられます。この際、ブランクがあるにもかかわらず、いきなりすべての業務を担うことは負担が大きいため、職場内で「復帰支援プラン」を策定し、徐々に業務内容を拡充していく工程を当該職員とともに検討します。既存職員の復帰時に活用できることに加え、育休明け等の求職者に対しても訴求効果が高く、職場全体で復帰者をサポートする風土を醸成することは、衛生環境の向上に繋がります。

 

● 「多様な働き方」を選択できる仕組みづくり

個々の事情に配慮した「多様な働き方を選択できる仕組みづくり」に取り組む医療機関が増えています。一定の事情(育児や介護、持病など)を抱える場合に、変則勤務(早番・遅番・夜間勤務)や土日祝祭日の勤務を免除したり、会議や研修、清掃などの業務の一部を免除するなど、職務(・勤務)条件を限定することで、その間の負担を軽減します。待遇面は一般正職員と区別しますが、正職員の身分は継続するため、働き方の選択肢が増える点はメリットと言えます。

 

● 高年齢職員を対象とした「選択的時短正職員」制度

定年年齢の引き上げ等により、ベテランと言われる年齢に達した以後も、引き続きフルタイム勤務を求められるケースも増えています。定年前にパートタイムに雇用転換する選択肢も考えられますが、正職員としての身分を維持したい場合に「時短正職員」を選択することができると大きなメリットとなります。一般的に運用されている「育児時短」を高年齢職員にも適用させる仕組みで、自身の体力面などの兼ね合いで勤務形態を選択します。

 

多様な働き手が共存する医療現場では、主体に応じて様々な労災リスクが内在します。これを予防していくためには、職場の実態を把握するとともに、人的対策・組織的対策を複合的に取り組む必要があります。紹介した事例や下記の文献なども参考に、予防策に取り組まれてはいかがでしょうか。

 

【参考文献】

  •   第14次労働災害防止計画〈厚生労働省〉

 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000197308.html

 

  •   高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)〈厚生労働省〉

 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10178.html

 

  •   事業場におけるメンタルヘルス対策の取組事例集~いきいきと働きやすい職場づくりに向けて~〈厚生労働省〉

 https://www.mhlw.go.jp/content/000615709.pdf

 

  •   育休復帰支援プラン策定マニュアル〈厚生労働省〉

 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000067027.html

 

  •   多様な働き方の実現応援サイト〈厚生労働省〉

 https://part-tanjikan.mhlw.go.jp/tayou/shokumu_job.html