昨今、医療機関において立てこもり事件や発砲事件など、日常生活を脅かす犯罪が相次いで発生しています。これらの事件を契機に、防犯に対する対策を再考するクリニックは少なくありません。防犯対策はハード面の補強に加え、ソフト面においてもスタッフの危機察知力の向上や、警察など外部資源とのネットワーク形成の強化など、取り組みは多岐に渡ります。今号では、医療機関における事件等の実態、防犯対策の取組事例などについて解説します。
日本の犯罪情勢
警察庁が公表している「犯罪統計資料」によると、刑法犯の認知件数は平成15年以降一貫して減少し続けており、 令和4年は60万 1,331 件と前年を上回ったものの、直近10年間では4割程度まで減少しています(図表1)。犯罪の内訳をみると、路上強盗やひったくり等の街頭犯罪が増加傾向にあり、住居等への侵入犯罪の構成割合は5%程度となっています(図表2)。これに対して殺人等の重要犯罪については、減少推移しているもののその傾向は緩やかであり、令和4年は過去2年を上回る件数となっています(図表3)。防犯カメラの普及や警察や市民による防犯活動の強化などによる効果に加え、年少人口の減少等についても、犯罪件数の減少に影響があると言われています。
医療機関で発生の可能性がある犯罪
医療機関において過去に発生した又は発生する可能性のある犯罪としては、以下が考えられます。
・不法侵入 ・窃盗(薬品、医療機器、貴重品) ・暴行、傷害 ・放火 ・ストーカー ・個人情報の漏洩 ・異物混入 ・乳幼児連れ去り ・いたずら(器物破損 ) ・誹謗中傷 ・強要、脅迫 |
警察庁が公表している「犯罪統計資料」によると、侵入盗の総数は前年度の発生件数を652件下回っているのに対し、医療機関における病院荒らしは250件上回っています。夜間や休日を狙った事案が多く、金品や医療品などの窃盗、カルテ等の情報窃盗、放火などが報告されています。
【侵入盗】 |
令和3年(1月~12月) |
令和4年(1月~12月) |
増減 |
総数 |
37,240件 |
36,588件 |
-652件 |
(内訳)病院荒らし |
295件 |
545件 |
+250件 |
出所:警察庁「犯罪統計資料(令和4年1~12月確定値)」をもとに作成
効果的な防犯対策
防犯対策はハード面とソフト面の大きく2つに分類でき、ハード面では防犯カメラの設置、防犯性の高い窓やドア・鍵への取替え、警備会社等への警備の委託などが挙げられます。設置や委託には一定のコストがかかりますが、自治体による防犯対策の補助金等の活用も有効となります。ソフト面ではスタッフの防犯意識の向上や緊急時対応の訓練、警察などの外部機関との連携が挙げられます。具体的な防犯対策については、以下が考えられます。
防犯対策 |
ポイント |
効果 |
来院者への声かけ・挨拶 |
● 見慣れない来院者には注意 ● 来院者の言動や態度を注視 |
● 不審者の予測・侵入防止 |
スタッフと来院者の区別がつくようにする |
● 名札や制服など ● 面会者や業者へは、名簿の活用や来院者と分かる名札を準備 |
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防犯マニュアルの策定 防犯チェックリストの運用 |
● 防犯の基本 ● 医療品や貴重品の管理、情報管理 ● 緊急時の対応フロー ● 夜間や不審な電話の対応 |
● 防犯意識の向上 ● 緊急時の対応力の習得 |
防犯訓練・研修の実施 |
● 定期的な自主訓練 ● 警察や警備会社と連携した訓練 |
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警察や保健所、市役所、警備会社などとの連携 |
● 日頃からの連携 |
● 事件への発展の予防 |
クリニック内や周辺の環境整備 |
● 死角をつくらない ● ごみの管理 |
● 不審者の侵入防止 ● 放火対策 |
患者の貴重品管理 |
● 原則、預からない |
● 紛失・金銭トラブル等の回避 |
夜間等の対策 |
● 出入口の制限 ● エレベーターの停止階を制限 |
● 夜間帯における侵入リスクの軽減 |
ハード面の整備だけではスタッフの防犯意識が十分に醸成できず、施錠等の基本行動を怠ったり、有事の際に警察等との連携がスムーズに行えないなど、適切な対応が取れないことが想定されます。ハード面とソフト面の両面をしっかり対策していくことが犯罪の抑止に繋がります。
〇 防犯チェックリストの運用モデル
防犯チェクリスト |
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防犯マニュアルが整備され、定期的に見直している |
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防犯訓練・研修を定期的に実施している |
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関係機関(警察や消防、警備会社)への通報方法を確立し、職員も把握している |
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緊急時や不審者を発見した際の対応や役割分担は明確にされている |
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来院者には必ず声かけをしている |
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スタッフと来院者の区別がつくようにしている(名札や制服) |
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来院者へは、来院証の発行や来院記録をとっている |
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気になる来院者についてはクリニック内で情報を共有し、必要に応じて関係機関に相談している |
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クリニック内外を定期的に巡回し、不審者・不審車両・不審物などに警戒している |
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防犯カメラやセンサー付きライト、カメラ付きインターホンを適切に設置し、問題なく作動している |
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防犯用具(さすまたや防犯スプレー)は整備され、使い方や場所を職員が把握している |
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窓は、防犯フィルムや補助錠などの整備がされている |
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マスターキーを含む鍵の管理は、徹底されている |
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個人情報や薬品などの管理は施錠できる環境で保管されている |
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施錠が必要な箇所は施錠を怠らず、使用後は必ず施錠している |
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クリニック内外の環境は整備されている(ごみの管理や物の整理整頓) |
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クリニック内外は、不審者の侵入を防ぐ工夫や気づける環境整備をしている(死角をつくらない・上部へ登れる足場になるものを置かない・砂利を敷く) |
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不特定多数が出入りできる出入口は、必ず人を配置している(受付・警備室など目が届く環境設定) |
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夜間は出入り口を制限している |
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患者の貴重品は原則預かっていない |
犯罪予防への取り組みは患者や地域住民の安全確保だけでなく、スタッフが安心して働くことができる職場づくりの観点からも不可欠となります。特に繁華街などの街頭犯罪が発生しやすいエリアや、夜間の人通りが少なくひったくりや住居侵入が発生しやすいエリアなどでは、より一層の対策が求められます。当該地域における犯罪件数・内容などについては、各市区町村のホームページなどで確認できますので、地域の事情に合わせた防犯対策を検討していきましょう。