昨今「人的資本経営」に対する注目度が高まっています。政府は2022年8月に「人的資本可視化指針」を発表し、2023年12月には金融庁から人的資本情報の開示に関する「記述情報開示の好事例集2023」も公表されています。人的資本経営とは、従業員を企業の資産(資本)とみなし、その資産を最大限に活用することを目的とする経営手法を指します。従来は、人材(・人件費等)はコスト(費用)の一部という前提で、いかにコストの圧縮を図るかが企業の利益を創出する上で重要視されてきました。これに対し、人材を資本と位置付け積極的に投資することで企業利益を生み出すという考え方が、人的資本経営の基本となります。

人的資本経営の浸透に向けて「企業内容等の開示に関する内閣府令」などの改正が2023年1月に行われ、「人的資本情報の開示」が2023年3月期の有価証券報告書から義務化されています。対象は大手企業約4,000社とされており、企業の人材管理等に対する取組方針やその成果を開示しています。

企業による人材投資や情報公開などの取組みは医療経営にも関連が大きい内容と言えます。今号では、人的資本情報の開示を進める上での留意点について解説します。

人的資本経営と可視化の背景

人的資本経営と情報開示の背景には、現代社会において、企業ブランド・ビジネスモデル・人材などの「無形資産」こそが企業価値に繋がるという認識が広く普及している点にあります。人的資本情報を投資家、取引先企業、従業員、その他のステークホルダーに開示することで、企業の社会的評価の向上を実現することが目的とされています。また、昨今取り沙汰される企業の不祥事・コンプライアンス違反などに関しても、情報開示の範囲を拡大することで、リスクマネジメント機能を強化するねらいもあります。

開示すべき人的資本情報

開示すべき人的資本情報は、内閣府の指針に基づき以下の7分野から構成されています。各項目は「企業価値」・「リスクマネジメント」の二つの構成要素をなし、これらを両輪でマネジメントしていくことが重要とされています。なお、労働関係法令などにより各企業に公表が義務付けられている内容も一部含まれています。(表1参照)

医療機関における情報開示

医療機関においては「医療機関等情報支援システム(G-MIS)」による事業報告等の届出などにより財務状況等の一部が開示されていますが、人的資本情報については現時点では開示義務の対象外となります。但し、労働関連法上ですでに公表が義務化されている事項があり、これらは事業規模等に応じて対応する必要があります。

 

公表事項

対象企業

公表時期・頻度

根拠法令

 ● 中途採用比率

 常時雇用する労働者300人超 

 おおむね1年1回以上

 労働施策総合推進法

 ● 募集・採用に関する状況

 ● 職業能力開発の開発・向上に関する状況

 ● 企業における職場定着に関する状況

 すべての企業

 学校卒業見込者等から求めがあった場合

 (常時公表は努力義務)

 若年者雇用促進法

 ● 女性労働者に対する職業生活に関する機会の提供に関する実績

 ● 職業生活と家庭生活との両立に資する雇用環境の整備に関する実績

 常時雇用する労働者100人超

 (300人超は開示範囲が拡大)

 おおむね1年1回以上

 (年度終了後3カ月以内)

 女性活躍推進法

 ● 女性活躍に関する行動計画

 常時雇用する労働者100人超

 常時

 女性活躍推進法

 ● 男性労働者の育児休業等の取得割合

 ● 男性労働者の育児休業等と育児目的休暇の取得割合

 (上記いずれか)

 常時雇用する労働者1,000人超

 1年1回

 (年度終了後おおむね3カ月以内)

 育児介護休業法

 ● 一般事業主行動計画

 常時雇用する労働者100人超

 常時

 次世代育成支援対策推進法

 

情報開示を行う際のポイント・留意点

医療機関においてもホームページ等で人的資本情報を積極的に開示している事例もみられます。主にリクルートを目的に、職員の平均年齢・男女比・研修実績・キャリアプラン・有給休暇の消化率・福利厚生・有資格者数などの情報をオープンにすることで、求職者への訴求力を高めています。こうした情報開示は、求職者だけでなく患者をはじめとする様々なステークホルダーに対しても有益かつ効果的と言えます。医療機関の「価値向上」を目指し、開示できる取組と情報(成果)を整理していきます。その際のポイントと留意点は以下のとおりです。

 

 ● 情報開示の目的と対象の明確化

 リクルート、患者増、院のブランドイメージの向上など、その目的と対象者を明確にする

 ● 開示情報の収集・整理

 定性的な取組み内容(研修内容・OJT体制など)と定量的な実績値(研修頻度・OJT期間など)を整理する

 ● 組織の強み・ウィークポイントの整理

 収集・整理した情報を他院と比較した際に、当院の強み・ウィークポイントとなる部分を明確にする

 ● 開示情報の選択・公表

 定期的に更新していくことを前提に、自院の強みでありかつ定点観測が可能な内容を選択する

 ● 定期的な更新

 期間を定め定期的に更新する(少なくとも年1回以上)

 

効果的な可視化には「独自性」と「比較可能性」のバランスを考慮する必要があります。「独自性」とは開示する事項が他院と差別化できる内容のことで、自院の強みをアピールすることができます。「比較可能性」とは他院と比較しやすい事項を選択することで、他院より優れているところを示すことができます。この2つの要素の開示事項がバランスよく可視化されていると、閲覧者は評価がしやすくなります。なお「比較可能性」に関する内容については、医療広告のルール・規制等に留意する必要があります。人材に関する情報開示であっても、患者等の誘因を目的に記載事項を誇張するような内容は、誇大広告として規制の対象となる可能性があります。「医療広告ガイドライン」などを参考に内容を精査しましょう。

このように情報開示の戦略を検討することは、自院の人材戦略に直結します。人材の質が肝となる医療機関においても人的資本経営の考え方や人的資本情報の開示に向けた取組みは無視することはできません。今後の医療経営の一環として取り組まれてはいかがでしょうか。