年々深刻化する自然災害による被害。2018年7月の西日本豪雨災害でも、地域に暮らす方々の生活に甚大な被害をもたらしました。未曽有の災害は、公共機関や交通機関、インフラ等、都市機能に大きなダメージを与え、結果、住民の生活再建が遅れるなど、今後の対応に大きな課題を残しました。

 医療機関において、建物の倒壊や浸水、医療機器の破損、被災による人員不足等の被害に合うことが想定され、通常の診療を行えなくなるということも十分に考えられます(図表1)。

 被害を受けても診療が中断しない、あるいは中断してもできるだけ短い期間で再開することができるよう、非常時に備えた事業継続計画(以下、BCP)を整備しておく必要があります。災害拠点病院は、2017年にBCPの策定が必須条件となりましたが、それ以外の一般医療病院も、不測の事態においても可能な限り患者を受け入れ、迅速に診療にあたることができるようBCPの作成に取り組むことが求められます。

 今回の緊急特集では、地域にもっとも身近なところで日々診療にあたっているクリニックにおいてBCPを策定する、あるいは既にあるBCPを見直す際のポイントについてご紹介します。

 

 策定に向けた手順については図表2のとおりです。

 従来からある災害マニュアルが「主として災害急性期に、院内にいる患者や職員の生命を守るための行動(対応)」を記したものに対し、BCPは、非常時においても自院の業務をいかに継続させていくかというところに重きを置き、「起こりうるリスクを想定した計画を策定する」ところに違いがあります。

 災害時は、自院の機能や資源が低下するのに反して、緊急に対応しなければならない患者が急激に増えるといった状況に陥ります。そうした状況となっても、可能な限り対応していくことができるよう、災害時の役割分担や行動について記すだけでなく、事前に必要な点検や準備についてもとりまとめ、記していくことが大切です。

 また、自院のある地域や施設の規模、設備要件、診療科目によりBCPに盛り込む内容は変わってくるため、策定にあたっては、院内の複数の職員が協力して取り組めるよう、院長や各部門長を長とした横断的な作業チームを作るなどして体制を整えます。

1.基本方針の決定

 自治体が作成した災害時の被害想定やハザードマップなどを活用して、自院の地域にどのような被害がもたらされるかについて情報を共有するとともに、自院としてどこまで対応できるかについて考え、自院の方針を決定します。

2.現状のチェック

 災害に対して自院にどの位「備え」があるかを点検していきます。

 災害対策本部の設置に関する基準や本部を機能させるための指揮命令系統の有無について確認するとともに、通常時の人員配置を踏まえ、災害時に参集する職員数についても考えていきます。参集する職員の人数や人選については、個々の職員の自宅から自院までの距離や災害発生からの時間の経過、診療科目ごとに必要な人員数等を考慮しながら検討を進めていきます。

 次に、場所や資材が災害にどの程度耐えることができるのかを確認していきます。日頃から備蓄している医療品や資材の量を確認することはもちろんですが、特に比較的規模の小さいクリニックの場合は、患者が一気に押し寄せてくると診療スペースが足りなくなる可能性があります。会議室や待合室など診療スペースとして転用できそうな空間は面積と収容可能人数を把握しておきます。

 建物の耐震化状況や設備の耐震性、ライフライン確保の方法、物品の運搬手段なども併せて確認していきます。

3.被害想定

 自治体が作成している被害想定を参考に、地域周辺の環境や人的被害の状況や傷病者数について、災害発生時からの経過時間ごと(発災直後~6時間、6時間~72時間、72時間~1週間、1週間~1ヶ月、1ヶ月~3ヶ月、3ヶ月以降)に整理していきます。自院がテナントの場合、非常時に電話や通信、上下水道、ガスなどのインフラが停止した場合、どのようなルートを辿って作業に至るのかというところが、復旧までの時間を想定するための重要なポイントとなってきますので、必ず確認しておきましょう。

 周辺環境や人的被害で確認した状況を踏まえながら、自院でどのような被害や対応が発生するのかを検討していきます。

 特にこれまでの事例では、災害時に院内に対策本部を設置しても、指揮命令系統や役割分担が明確になっていなかったために混乱し、個々の判断で行動せざるを得なかった医療機関が多くあったことから、院内の状況の想定をしっかり確認する必要があります。

 建物は一部破損の場合でも、建物に亀裂が入る、ガラスが割れる、天上が落ちるなどの影響で、一部の空間に患者が集中し、診療に影響があったといった事例もあります。また、水害や火災により、患者のカルテを失ってしまった場合の対応や参集できる職員(1時間以内にこれる職員)がどの位いるかなども確認しておくとよいでしょう。

4.業務の整理

 通常行っている業務を洗い出し、業務内容と必要な資源(人員、場所、物品等)を整理していくとともに、災害時における業務についても発生すると思われる業務やその実施のために必要な資源について整理していきます。

 二つの整理表ができたら、院内全体の概要表にまとめるとともに、自院が日頃提供している医療サービスなどを考慮しながら、災害時に優先して行う業務について選定し、優先順位を決めていきます。また、それぞれの業務について、想定している自院の被害状況や資源の状況と業務の実施状況を勘案しながら、実効性を保つことのできる目標時間(いつまでに)、実施レベル(どの程度)を設定していきます(図表3)。

5.明文化

 院内全体の概要表ができたら、優先業務の目標復旧時間や実施レベルを具体的に取りまとめるとともに、最終的なBCPとして、「策定の基本的な考え方」「全体の行動計画」「現状と課題」「今後の取り組み」等を定め、明文化していきます。 

 自然災害は予測不能であることから、それを想定した計画を立てることに難しさや煩雑さを感じている方も少なくないと思います。また、策定しても、災害の種類や状況によって、地域や患者、そして自院の状況は変わってきますので、必ずしも計画どおりに対応できるとは限りません。

 しかし、そうした災害はいつでもどこでも起こりうるものだということを、クリニックの職員全員が意識しながら、医療機関としての使命を全うするためにどのような対応を行うべきかを、BCPの策定を進めていくなかで考えていく風土を院内に作っていくことが大切なのではないでしょうか。