はじめに

 日本の医療はこれまでの病院中心から「医療、介護、生活」が一体化した「地域包括ケアシステム」に移行しつつあります。また、核家族化の進行により老人夫婦世帯や独居老人が増える一方で、多くの高齢者が人生の締めくくりを自宅で迎えたいと望む現実があります。このように在宅医療への需要が高まる中、地域包括ケアシステムの一環として2012年4月には地域密着型サービスとして、「看護小規模多機能型居宅介護」(以下、看多機)の前身である「複合型サービス」がスタートし、2018年の診療報酬・介護報酬改定においては、地域に密着した医療・介護サービスの拠点として期待される有床診療所が看多機事業への参入を促進するための基準緩和がなされました。本号では、看多機事業の特徴・基準緩和の内容・有床診療所が転換する場合のポイントについてご紹介します。

看多機の特徴

 看多機は小規模多機能型居宅介護の「通い」「訪問介護」「泊まり」のサービスに「訪問看護」を組み合わせた複合型のサービスで、1つの介護事業所がサービスを提供します。2012年度の地域密着型サービスに位置付けられ、当初は「複合型サービス」という名称でしたが、2015年度の介護報酬改定で「看護小規模多機能型居宅介護」と名称が変わりました。

 看多機の最大の特徴は、訪問看護を行うにあたり、看護師が医師の指示書に基づき「通い」「泊まり」の際に医療処置を行うことができる点です。これまでの「小規模多機能型居宅介護」(以下、小多機)では対応できなかった医療ニーズの高い利用者の受け入れが可能となり、利用者の状況に応じてサービスを組み合わせ、利用者の在宅療養を支える役割を担っています。看多機の利用を想定する要介護者と看護師が対応できる医療処置は以下のとおりです。

【看多機の利用を想定する要介護者】

 (1)退院後の在宅療養へ移行する方

  ※移行前のワンクッションとして活用

 (2)緩和ケア病棟や特別養護老人ホームへ移るまでにケアが必要な方

  ※移行前のワンクッションとして活用

 (3)妄想や徘徊等の行動・心理症状が目立つ認知症の方

【看多機で看護師が対応できる医療処置】

 (1)医療機器利用者:胃瘻や気管切開等の管理、カテーテル等の交換

 (2)リハビリが必要な方:車いす、歩行訓練、嚥下訓練、排泄の自立

 (3)褥瘡がある方:創傷の処置や悪化防止

 (4)認知症の方:生活リズムの調整、認知症状への看護や介護相談

 (5)がん・老衰等の終末期の方:苦痛の緩和、精神的な支援、看取り

 (6)利用者家族:医療機器の使い方や介護の相談、自宅でのケアの指導、精神的な支援

小多機と看多機の違い

 先述のとおり、看多機で提供するサービスは、小多機の「通い」「訪問介護」「泊まり」の3本柱に加えて、「訪問看護」を加えた4本の柱です。

 また、小多機では、看護職員の配置が「小多機従業者のうち1人以上は、看護師又は准看護師でなければならない」と定められているのみで(図表1)、看護師または准看護師は常勤を要件としておらず、毎日配置の必要はないとされています。

 一方、看多機では、図表1のとおり看護職員の配置について要件が増えています。

「地域包括ケアモデル」の有床診療所について

 有床診療所の役割は大きく以下の2つに分けられます。

 (1)専門医療提供モデル:

  主に専門医療を担う有床診療所で、専門的な医療サービスを効率的に提供

 (2)地域包括ケアモデル:

  主に地域医療を担う有床診療所で、医療・介護の両方を提供

「専門医療提供モデル」の有床診療所が手術や検査で収益を得ている一方で、入院料が主な収益となる「地域包括ケアモデル」の有床診療所は「過疎地などで入院医療の重要な役割を果たしていますが、高い病床稼働率を維持できないと安定的な経営は難しくなる」という課題がありました。そこで2018年度の診療報酬・介護報酬改定において、地域包括ケアモデルの有床診療所の経営を支援するための見直しが次のとおり行われました。

「地域包括ケアモデル」の有床診療所を増やすため、看多機参入への基準緩和

(1)サービス供給量を増やす観点から、診療所からの参入を進めるよう、宿泊室については、看多機の利用者が宿泊サービスを利用できない状況にならないよう、利用者専用の宿泊室として1病床は確保したうえで、診療所の病床を届け出ることを可能とする。

(2)個人で開設する有床診療所でも医療法の許可を受けて診療所を開設している者であれば看多機の指定を受けられる(従来は法人でないと指定を申請できなかった)。

 有床診療所の空床を利用して介護サービスを提供できれば、稼働率の低さをカバーすることに繋がります。

転換のポイント

 看多機への転換に際して、考えるべきことは以下の4つです。

 (1)利用者の確保

 (2)事業所の土地・建物にかかる費用

 (3)職員の人材確保

 (4)有床診療所の介護サービスの認知度向上

 まず、開設前に市場規模や成長性の見通しを立てた上で、地域におけるニーズの把握や既存の法人内施設から利用者が安定的に確保できるなどの見込みがあるかを検討することが重要です。

 そして、開設にあたり事業所の移転や土地や建物を新規購入する場合は、開設時の資金や開設後の運営資金など財務的視点で妥当性を検討する必要があります。多くの事業所は土地代等がネックとなり、開設3、4年目でようやく黒字転換するなど経営上、厳しい状況となるケースがあります。

 また、職員の人材確保についても、安定した供給源を持っているかが重要となります。開設の組織運営に成功している事業所は、人材派遣会社等を通じた看護職員の確保体制を築いていたり、看護職員の労働時間短縮や看護職員増員等により一人あたりの業務量が過多にならないように調整を行い、看護職員にとって働きやすい職場環境が整備できていることを採用活動においてアピール材料としています。

 また、開設前にあらかじめ同一法人内の別の事業所で雇用した職員を開設時に異動させたり、職員と過去に同じ職場で働いていた繋がりを活用して看護職員を確保したりしている事業所もあります。

 そして、有床診療所が提供する介護サービスメニューや想定する利用者ごとのサービス提供事例等を自院の外来・入院患者・利用者家族だけでなく地域の介護支援専門員や他の事業所に広くアピールし、有床診療所であることの強みやメリットを理解してもらう必要があります。

今後の介護事業の入り口として

 看多機はこれまで他の施設で受け入れが難しかった要介護度が高く医学管理が必要な利用者に対しても充実した医学管理とレスパイトケアを行うことができる為、そのニーズは今後益々大きくなることが予想されます。その中で、有床診療所としては、入院の人員体制で空床を利用して看多機事業の運営が可能であり、運営面での負担が比較的少ない今、介護事業を始める第一歩として考えていただければと思います。