医療界におけるM&Aの動向

 M&Aとは「Mergers(合併)and Acquisitions(買収)」の略で、日本の一般企業のM&Aマーケットは、2000年頃より大変活発になりましたが、病院のM&Aは公表されることが少ないため、その実態がつかみにくいのが現状です。

 しかし、ここ数年、医療界においても「経営手法の選択肢の一つ」としてM&Aを前向きに活用する傾向がみられるようになり、それに合わせた制度上の法整備なども徐々に進んできています。2014年10月施行の「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」に基づく改正医療法においては医療法人社団と医療法人財団の合併が認められました。また2016年4月、医療版のホールディングカンパニー制度ともいわれた、地域医療連携推進法人制度の導入と医療法人の分割を認める法改正が施行されました。国の財政状況が厳しい中、高齢化により増大する国民医療費を抑えるためにも、これからは競争による効率化よりもむしろ医療機関同士が連携して、限られた医療資源を有効に活用することの方が、より重要と認識されるようになってきたものと考えます。

売り手の視点(付加価値による売り手側のメリット)

 当然ですがM&Aは“売り手”と“買い手”がいて初めて成り立ちます。案件ごとの背景にもよりますが、一般的には価格交渉において、買い手有利に交渉が進められる傾向にあります。理由としては、①譲受される医師がそれまで勤務医であるケースが大半であるため、資金力に限界がある場合が多い、②医師のマーケティングが難しく、候補者が見つかりづらい傾向にある、③クリニックの付加価値の大半が、医師個人(院長等)によるところが大きいため、たとえ高収益を上げていたとしても、M&A後、それが継続されるかは不透明な側面が強いなどが挙げられます。

 一方で、条件によっては一定程度の「のれん代」(M&A時の付加価値)が上乗せされる場合もあります。例えば、①好立地に所在している、②健診に特化していて毎年契約先法人から安定した収入が見込める、③透析患者を相当数確保できている(特定の診療科目に特化できている)、④譲渡した医師が引き続き勤務医として診療するなどの場合です。

 M&Aにより事業承継を検討する場合は、譲受する側のメリットを考え、M&Aの実施前に現有の建物・医療機器を改修、変更するなど譲受する側から見てマイナスになるポイントを改善しておくことも重要です。

売り手の視点(買い手とのマッチング)

 M&Aによる買い手のメリットは、

 ①時間、手続きの短縮

 ②医師・看護師・コメディカルなどの人材の確保と採用力の強化

 ③コスト削減

 ④経営ノウハウの強化、組織力の強化、業務プロセスの強化

 ⑤ブランド力、レピュテーション(評判)の強化

 が挙げられます。

 上記をメリットと捉える勤務医や、すでに開業している医師を効率よく見つけるためには、医学部のOB会や地域医師会などの横のつながりを活かすことが有効ですが、その他にも金融機関、医薬品・医療機器の卸、顧問税理士(医療特化している場合)などの専門家に相談することも非常に有効な手段といえます。上記の専門家は、一般的には診療科ごとの“売り情報”と“買い情報”の両方をおさえている可能性が高く、特に売り・買いの競争が激しい診療科においては、いち早く情報を入手する上で非常に有効です。例えば“首都圏で透析の設備が整っている泌尿器科”などは近年全国的に買いの要望が強く、売り案件が出たとしても順番待ちとなることも少なくないからです。特定のルートや専門家に絞るのではなく、信頼できる範囲で相談し、照会をかける必要があります。

 

 M&Aのプロセスは非常に長く、タフな交渉力も求められるものです。双方が、相手方の心情を十分に考慮し、言動には細かな配慮をする必要があります。M&Aは商取引であり、売り手も買い手も対等です。万が一、交渉の過程で、「相手として相応しくない」と思った時は断る勇気も必要です。何より、当事者同士だけで進めるのではなく、中立な立場でコーディネートしてくれる専門家に依頼の上、円滑な取引をするよう、心がける必要があります。