Q:クリニックに勤務する看護師Aさんから「自身のスキルアップのために他院(B診療所)でも働きたい。副業・兼業を認めてほしい」と言われました。副業・兼業を認めるかどうかにあたって、どのような点に注意をしたらよいのでしょうか。

A:

 社会的な流れとして副業・兼業を容認していく流れにあり、過去の判例からも職員から副業・兼業の申し出があった場合には一律に禁止することは望ましくなく、原則として認めるべきとされています。では、経営者として副業・兼業を考える上でどんな所に留意すべきか、以下の視点で検討が必要です。

●副業・兼業の留意点

 実務上の留意点としては、①労働時間の管理(時間外手当の支払い義務)、②労働災害、③健康保険・厚生年金の適用要件、④年末調整・確定申告、⑤健康管理、⑥守秘義務・競業避止義務の確保が挙げられます。

<労働時間の通算による割増賃金>

 現行の労働基準法では、労働時間は会社が異なる場合でも通算すると規定されており、労働時間を通算した結果、1日8時間、週40時間の法定労働時間を超えて労働させる場合には、発生した時間外労働について割増賃金を支払わなければならないとされています。2018年1月に厚生労働省から発表された「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では、原則として、時間外割増賃金は後で労働契約を締結した側の支払い義務があるとされています。例えば、もともと自院(本業先)で働いていたAさんが、後からB診療所と労働契約を締結し、自院(本業先)で8時間勤務した後にB診療所(副業先)で2時間勤務した場合、B診療所においては2時間の勤務にも関わらず2時間分の時間外割増賃金の支払いが必要となります。したがって、本業先と副業先において、それぞれ対象者がどのような勤務割で何時間勤務しているのかを把握する必要があります。労働時間の管理が適切に行われない場合、給与計算等に支障がでてしまう可能性があります。

<労働災害にあった場合の考え方>

 複数の勤務先で働くAさんが労災にあった時、労災保険の休業補償は自院とB診療所の給与を合算して計算されません。そのため、仮にAさんがB診療所(副業先)の勤務中に労災に遭った場合、労災保険の給付はB診療所で支払われる給与分のみで計算されるため給付金の額は少額となってしまう可能性があります。通勤災害についは、例えば、B診療所から自院へ向かう途中の通勤災害は、自院への通勤とみなされるため自院の労災保険の適用を受けることとなります。なお、給付金の計算は先述のとおり自院で支払われる給与分のみで計算されます。自院からB診療所へ向かう場合についても同様にB診療所の通勤災害とみなされます。もしAさんが労災で働けなくなった場合、休業補償は少額なため、経済的に生活が難しくなってしまうといったリスクも考えていかなければいけません。

<健康保険・厚生年金(社会保険)の対応>

 複数の勤務先で働くAさんが、短時間ずつ複数のクリニックで働く場合、いずれのクリニックにおいても社会保険の適用要件を満たさない可能性があります。社会保険においては、複数の勤務先での労働時間を合算するという仕組みがないため、複数の勤務先で短時間ずつ働く場合には社会保険に加入できなくなるという可能性があることを事業主としてAさんに周知する必要があります。

●認めるにあたっては、職員とのコミュニケーションが重要

 実際に副業・兼業を進めるにあたっては、労働時間の把握や健康管理への対応、職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務の確保に向けて、自院と職員が十分にコミュニケーションをとることが重要です。そのために職員に求められる姿勢としては、①副業・兼業の内容等を本業先に職員自ら事前に申請・報告すること、②職員自ら本業先や副業先の労働時間や自身の健康状態を管理する等、主体的に自己管理を行うことが求められます。一方、自院としては、副業先との労働条件通知書や雇用契約書等の書類で双方が情報を確認できる体制を整えることも場合によっては必要となるかもしれません。

勤務先とそこで働く職員の双方が納得感をもって進められるよう、副業・兼業の可否を含めた院内ルールの整備を行い、より良い就業環境を作っていく必要があるのではないでしょうか。