身寄りがない人の増加と医療機関の課題
高齢化の進展と認知症等による判断能力が不十分な人の増加や独居高齢者人口の増加により、自身の判断で適切な医療を受けることが困難な患者が増えています。医療機関や福祉施設では、医療・介護の提供に際して、緊急時の連絡や入院等の準備、費用の支払い等が円滑に行われるよう、「身元保証人」を立ててもらうケースが一般的ですが、先述の事由等により身寄りがない人に対しては、どのような対応を取るべきでしょうか。単に身寄りがない人だけでなく、家族や身内の人と連絡が取れない、協力が得られないといったケースも想定されます。厚生労働省では「身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン」(以下「ガイドライン」)を2019年5月に定め、これらの状況に対する具体的な対応策を示しています。本号では、このガイドラインをもとに、今後医療機関で求められる身寄りがない人への対応・対策について解説します。
身寄りがない人を支援する制度・事業
まず、把握すべきこととして、身寄りがない人を支援する制度や事業に関して図表1に整理しています。身寄りがない人が本人の意思に基づいて日常生活を営むことができるよう公的な制度に加え、昨今では民間サービスも増えています。代表的なものとして、判断能力が不十分な人の財産・権利等を守る「成年後見制度」があります。成年後見制度はその人の状態に応じて、成年後見・保佐・補助の3つがあり(図表2)、いずれも家庭裁判所により選任された(若しくは後見契約を結んだ)成年後見人(保佐人・補助人)により、財産管理・身上監護・死後事務などを行います。これら後見人等は本人の代理人ではなく、法律で定める特定の行為のうち家庭裁判所が定める行為についてのみ代理権を有し、可能な限り本人の自己決定が尊重されることとしています。
市町村社会福祉協議会では「日常生活自立支援事業」が実施されており、特に認知症高齢者や知的障害者を対象に預貯金の出し入れ、医療機関や福祉施設の利用相談、医療費・利用料の支払いに関する手続きの支援を行っています。
これら従来からある公的制度に加え、民間事業者が行う「身元保証等高齢者サポートサービス」が急速に普及してきています。主に一人暮らしの高齢者等を対象に身元保証・日常生活支援・死後事務などを有償で対応するサービスで、その契約形態・経営主体・料金等はさまざまです。
医療機関としては、代表的なこれらの制度・サービスの内容を理解しておくことで、必要に応じて患者やその身内等に対して、利用を促すことも求められます。
医療機関における具体的対応
身寄りがない人への対応については、さまざまなケースが想定されますが、ガイドラインでは①本人の判断能力が十分な場合、②本人の判断能力が不十分で成年後見制度を利用している場合、③本人の判断能力が不十分で成年後見制度を利用していない場合、について具体的対応の手順を示しています。
医療機関が求める身元保証の内容・機能としては、以下が考えらえます。
1.緊急連絡先の確認
2.入院計画書の同意
3.入院に必要な物品の準備
4.入院費の支払い
5.退院時の手続き・支援
6.死亡時の手続き(遺体の引き取り・葬儀等)
先述の①~③のケースにおける対応のポイントをみていきます。
①本人の判断能力が十分な場合
身元保証の内容 |
医療機関側のポイント |
緊急連絡先 |
親族や知人の有無を確認(この際本人の意向を確認) |
入院計画書 |
本人が理解できるよう説明し、本人の意向に基づき、家族や知人等に同席を求めるか、情報を提供する |
入院時の物品 |
準備を手伝ってくれる身内の確認、もしくは有償ボランティア等の紹介 |
入院費 |
未払い防止のため保険証を確認し、生活が困窮していると想定される場合は自治体の生活保護の窓口等へ相談 |
退院時 |
ケアマネージャー、身元保証等高齢者サポートサービスの紹介、介護・福祉施設等への斡旋等 |
死亡時 |
親族等がいない場合の葬儀等は市町村がおこなう |
②本人の判断能力が不十分で成年後見制度を利用している場合
身元保証の内容 |
医療機関側のポイント |
緊急連絡先 |
成年後見人等が緊急連絡先になるか確認する(必ずしもなるとは限らない) |
入院計画書 |
本人への説明に加え、診療契約の代理権をもつ成年後見人等に説明をし、確認を求める |
入院時の物品 |
これらの事実行為は、成年後見人等の業務とはならないが、有償サービスを手配することは業務に含まれるため、必要に応じてその旨を成年後見人に相談する |
入院費 |
成年後見人等が支払いを代行するため相談する |
退院時 |
本人の意向を確認した上で、成年後見人等に介護サービスの利用等について相談する(これらのサービスの手配は成年後見人等の業務) |
死亡時 |
成年後見人(保佐人・補助人を除く)は、家庭裁判所の許可により一部の死後事務を行うことができるため相談する |
③本人の判断能力が不十分で成年後見制度を利用していない場合
身元保証の内容 |
医療機関側のポイント |
緊急連絡先 |
図表3を参照 |
入院計画書 |
説明を理解できない場合、家族等へ説明を行うが、いない場合は本人への説明を試みた上で、その旨をカルテに記載する |
入院時の物品 |
緊急連絡先となる人に依頼するか、有償ボランティア・リース等の利用を検討する |
入院費 |
日常生活支援事業や成年後見制度の利用を念頭に、地域包括支援センターや市町村窓口に相談する |
退院時 |
その後の生活、介護・福祉施設の利用の有無等に応じて、成年後見制度の相談窓口へ利用準備の相談 |
死亡時 |
親族等がいない場合の葬儀等は市町村がおこなう |
本人の意思決定の重要性
さまざまなケースに対応するためには、内部だけでなく外部の専門機関を活用することが効果的と言えますが、その場合においても本人による意思決定が基本であり、そのことは本人の判断能力の程度に左右されないとされています。医療機関としては、意思決定が困難である場合には、関係者による医療チームを組織し、家族等の意向や家族等による本人の推定意思を尊重する、家族がいない場合には医療チームにより本人にとっての最善の方針を検討することが必要であり、そのためのマニュアルの作成や倫理カンファレンスの実施等、体制の整備が求められます。地域住民誰しもが安心した医療を受けられるよう、ガイドラインを参考に自院における対策を検討されてみてはいかがでしょうか。