近年、会社を退職したい場合に自ら退職を申し出ることをせず、「退職代行会社」(以下、代行会社)のサービスを利用して退職するケースが増えています。特に、退職代行サービスの利用はサービス業など人手不足が課題となっている業界で多いと言われており、医療や介護の現場でも少しずつ目立ち始めています。代行会社を利用する側にとっては、会社に出社することなく、上司や同僚に会わずに退職できることがメリットとなるようですが、実際のところ職場側はどのように対応すべきでしょうか。

本稿では、代行会社を通じた退職の申し出があった場合に職場がとるべき対応について解説いたします。

退職代行会社とは

そもそも、退職代行サービスとは、職員が自分から直接会社に退職するとは言いにくいので、代行会社を利用して自分の代わりに職場に退職の意思を伝えてもらったり、退職に必要な事務手続きの連絡を仲介してもらったりするサービスです。

ある代行会社では、

  1. 退職したい職員が代行会社に退職代行を依頼する。

  2. 代行会社が依頼人から勤務先の人事担当者の名前や連絡先を聞き、本人に代わって電話などで職場に退職の連絡をする。

  3. 代行会社が退職の意思を伝えた後、依頼人が職場に退職届を郵送する。

  4. 社員寮の退寮手続きや年次有給休暇取得、残業代等の請求や退職金などの諸手続きに関して、代行会社が依頼人と職場の間に入り、両者の主張を伝言する。

といった流れでサービスを行います。

職場が取るべき対応

代行会社から職員の退職に関する連絡があった場合、職場はどう対応すべきでしょうか。基礎的な対処法については以下のとおりです。

 

①代行会社と本人の委任関係を確認する

代行会社から連絡を受けた場合には、話し合いを始めるのに先立ち、職員の依頼(委任)が事実であるか、どのような範囲で業務の委任を受けているのか等、職員と代行会社との間の契約関係を明らかにするため、委任状や契約書など書面の提示を求めることが適切です。また、代行会社が弁護士若しくは弁護士法人(以下、弁護士等)である場合、職場側の対応の仕方も変わってくるため、日本弁護士連合会のホームページで弁護士登録の有無を確認することが必要です。

 

②代行会社が弁護士等でない場合の対応

委任状や契約書による確認の結果、弁護士資格が無い代行会社である場合は、その代行会社が行うことができる業務範囲としては以下のとおりです。

 

【弁護士等でない代行会社ができること】

 職員本人の代わりに退職の意思や意向を職場に伝える

 職員本人が離職票や源泉徴収票等の退職事務手続きに関する書類の郵送を希望していることを職場に伝える

 職員本人が作成した退職届を本人の代わりに職場に持参・郵送等により届ける

 

以下の法律が絡んだ交渉や手続きには弁護士資格が必要となります。

 即時退職等の退職日の交渉

 年次有給休暇の取得・買取交渉

 残業代等の未払い賃金の支払い交渉

 退職金の金額の交渉

 ハラスメントに対する慰謝料請求

 損害賠償請求への対応

 退職届などの書類作成

 

上記の点に、弁護士等でない代行会社の要望が及んだ場合には、「それらは弁護士資格が必要な行為であるため、職員本人と直接か、委任を受けている代理人弁護士としか話せない」として慎重な対応が必要です。

 

③職員の雇用形態を確認する

退職の意思表示をした職員の雇用形態(労働契約)を確認し、その上で以下の対応が求められます。

(1)正規職員(期間の定めのない労働契約)の場合

民法上、原則として期間の定めのない労働契約で勤務する職員は、2週間の予告期間をおけば、「いつでも」労働契約を終了させることができます(民法627条1項)。なお、会社では独自に就業規則などで「退職する1ヶ月前までに申し出ること」などと規定されているケースがよくありますが、民法で定める予告期間より延長して運用していることの有効性については裁判で争いのあるところですので、就業規則で1ヶ月前までと規定していても1ヶ月を待たずして退職が成立するケースがありますので、注意が必要です。

 

(2)有期契約職員(期間の定めのある労働契約)の場合

いわゆる契約職員やパートなど期間の定めのある労働契約で勤務する職員は、その期間の経過によってのみ労働契約が終了するのが原則であるため、契約期間満了まで退職を認める必要はありません。しかし、セクハラやパワハラなどのハラスメントや賃金の未払いなど「やむを得ない事由」があれば、期間途中であっても予告期間を設けることなく、労働契約の即時解除(即日退職)をすることができます(民法628条)。

退職代行を利用する場面では、ハラスメントがあったと主張した上で、「やむを得ない事由」による労働契約の即時解除の申し出がなされることも多くあります。このような場合、代行会社の申し出を安易に認めれば、事後にハラスメントなどを理由とした損害賠償請求訴訟を起こされる可能性もあるため、職場として慎重な対応が求められます。具体的には、速やかに顧問弁護士等の外部第三者へ相談した上でハラスメントの事実確認を行い、離職事由を双方で擦り合わせる必要があります。また、会社都合による退職では、後々の訴訟リスクだけではなく労働基準監督署の調査対象となることも念頭に置いてください。

また、採用後間もない時期であれば、労働条件通知書に記載されている労働条件と実情が異なっていることを理由として、労働契約の即時解除の申し出が行われる可能性もありますが、この場合も労働条件明示義務違反には職場側に罰則規定もあるため、慎重な対応が必要となります。

 

④退職日までの扱いを検討する(年次有給休暇の取り扱い)

予告期間中は、職員には本来であれば出勤して労務を提供する義務がありますが、実際、代行会社を通じて退職の申し出をしている職員が出勤してくることはまずありません。そうした中で、退職の申し出に併せて、年次有給休暇の取得申請がなされることが多くあります。その際、職場側から時季変更権を主張することは可能ですが、「解雇予定日を超えての時季変更は行えない」とされた行政解釈や「年次有給休暇は本来労働者の請求する時季に付与すべき」といった労働基準法の原則を鑑みれば、時季変更権の行使は難しい部分もあります。したがって、退職直前の時季変更権行使の可否については、弁護士などの専門家に相談してから進める方がよいでしょう。

 

⑤必要な場合は業務の引継ぎを求める

本来であれば、予告期間中に出勤し必要な業務引継ぎを行うことを求めたいところですが、代行会社を通じて退職の申し出をしている職員がこれに応じる可能性は低いとみられます。そこで、退職の際の業務の引継ぎについては、引継ぎを求める根拠とするべく、予め就業規則に業務の引継ぎの義務化に関する事項を明記しておき、その上で、直接職員に対して、もしくは代理人弁護士や代行会社を通じて、引継ぎ書面の作成・送付などの引継ぎの業務命令を行うことが必要です。

 

⑥速やかな対応をする

離職票の発行希望の申し出があれば送付する必要があります。理由なく送付を拒否することはできません。また、本人の私物に関して郵送希望の申し出があれば送付する必要があり、職場が勝手に個人の私物を処分することはできません。

事前準備が大切

代行会社を通じた退職の申し出は、ある日突然なされます。代行会社からの連絡に対して的確に対応するためには、予め対処方針を決めておくことや、就業規則などの社内規程で退職時の業務引継ぎ義務、懲戒事由などの明文化を行うなど、事前に整備しておくことが非常に重要です。

加えて、クリニックのように機密性が高い個人情報を常時取り扱う職場においては、日ごろの情報管理が非常に重要となります。個人情報に関するカルテやデータの院外への持ち出しリスクを予防し、退職者からの情報漏洩が発生しないよう予防線を張ることも必要となります。