医療現場では、人命にかかわるという強い緊張感を伴う仕事内容に加え、高度化・複雑化する医療への対応や、患者・家族等とのかかわりなどから生じるストレスにより、メンタルに不調を感じる職員が増加しており、その対応が課題となっています。

加えて、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、働き方や人とのつながりを変えることを余儀なくされるとともに誹謗中傷にさらされるなど、医療現場で働く職員の心理的負担はさらに増しています。

こうした状況からも、医療現場は他のどの業種にも増してメンタルヘルスケアに取り組む必要があります。しかし、患者への対応にプライオリティが置かれることで、メンタルヘルスケアへの関心・対策が十分ではない現場も少なくありません。

今回は、看護職員のメンタル不調の現状をご紹介しながら、医療現場で働く職員のメンタルヘルスケアを適切に進めていくための方法について解説します。

 

医療現場におけるメンタル不調の現状

厚生労働省の「令和元年度過労死等の労災補償状況」によると、令和元年度(2019年度)の精神障害の請求件数は2,060件と、過去5年で最多となっています。中でも「医療・福祉」は、全業種の中で最も高い割合(20.7%)となっており、他の業種に比べメンタル不調を強く感じやすい傾向にあることが窺えます。(図表1)

メンタル不調は、障害あるいは疾患の有無だけでなく、仕事上のストレスからくる不安や悩みにより、働き方や生活、対人関係に支障が生じているといった場合も該当しますので、医療の現場には、何らかのメンタル不調を抱えている看護職員が多く存在すると考えて間違いないようです。

コロナ禍によりメンタル不調の問題はより複雑に

日本医療労働組合連合会の「2017年看護職員の労働実態調査」によると、仕事を辞めたい理由として、「人手不足で仕事がきつい」や「休暇が取れない」等の職場環境や労働条件に起因する事柄が多くみられます。(図表2)また、時間外労働の増加と比例して、仕事を辞めたいと思う割合も高くなる傾向にあります(図表3)。

医療に携わる責任の重さがある一方で、余裕のある働き方や十分な休息が取れないなどの職場環境の問題については、これまでも、医療現場におけるメンタルヘルスケアの推進に向けた課題として挙げられているところですが、依然、改善が図られていない状況にあることが分かります。

加えて、新型コロナウイルス感染症への対応が、医療現場のメンタルヘルスケアの推進をさらに難しくしています。

公益社団法人日本看護協会が実施した「2020年看護職員の新型コロナウイルス感染症対応に関する実態調査【個人】」によると、2019年1月頃から緊急事態宣言が解除された5月までの間、1ヶ月あたりの超過勤務時間が増えた看護職員は全体の34%を超えるとともに、約30%が有給休暇を取りにくくなったと回答しています。

新型コロナウィルス感染症の拡大の影響による差別・偏見についても深刻です。

調査では、看護職員自身が心無い言葉を言われるケースはもとより、家族や親族が周囲の人から心無い言葉を言われたケースも多いことが明らかとなっています(図表4)。

同僚間であっても、コロナ対応職員が非対応職員から差別的な対応を受けたとの報告事例もあり、病気そのものへの恐怖だけでなく、差別や偏見からも不調に陥る可能性が高いことが推察されます。

また、コロナ禍における看護職員の健康・安全・安心を守る体制についての質問については、半数以上の56.3%が、メンタルケア体制が「あまり十分ではなかった」「不十分だった」と回答しており、支援体制の整備が追い付いていない状況がみられます。(図表5)。

感染症に関する指定等の有無を問わず、医療機関においては当面の働き方が流動的にならざるを得ないことを鑑みると、メンタル不調の予防とケアに向けた体制を整えていくことは急務であるといえます。

メンタルヘルスケアの進め方

医療現場で働く職員のメンタル不調は、貴重な人財の喪失につながる恐れがあると同時に、患者へのより良いケアの提供を阻害したり、地域社会からの信頼の低下を招く要因にもなるということを念頭に置きながら、組織全体で職場のストレス要因の軽減と予防に努めていく必要があります。

1次予防から3次予防までを一つの仕組みとしてケアを推進していきます(図表6)。

1次予防では、健康の維持・増進を目的に、職員自身が職場内のストレス状況を把握するとともに、メンタルヘルスへの関心を高めていくことを主眼とします。状況結果を踏まえながら、ストレスの対処法の習得や職場環境の整備等を行い、職員がいきいきと働ける職場づくりを進めていきます。

2次予防では、早期発見・早期治療による重症化防止に軸を据え、メンタル不調が疑われる職員やハイリスク職員に対し、重点的に対策を講じていきます。メンタル不調への気づきの促進や社外医療機関・相談機関との連携による対応、予防に向けた職場環境、職場風土の改善などを行っていきます。

3次予防は、メンタル不調を発症した職員に対し、合併症や再発、機能低下を防止するための取り組みを進めていく段階になります。本人の了解のもと、主治医や産業医等と連携し、就労上の配慮事項の確認や復職支援に向けたEAPの内容やスケジュールの調整を行い、実施を進めていきます。

EAP(Employee Assistance Program)とは「従業員支援プログラム」と訳されているとおり、職員のメンタルヘルスやカウンセリング、休職者復職支援や組織の生産性向上に向けた支援を行う活動です。

EAPは、組織内部の管理者や人事労務担当職員、職場内で定める産業医等、組織内部の資源を活用して取り組む「内部EAP」と、外部の独立した専門機関や相談機関と提携して取り組む「外部EAP」があります。

EAPは、主に「面談」により進められることが多いため、プライバシー保護の観点や職員の相談のしやすさなどについても配慮が必要となります。

そのため小規模の医療機関では、自前でEAPを整備していくことが難しい場合もあります。セルフケアとラインケアを中心に取り組みを進めるとともに、EAPに関しては外部専門機関に委託するという方法も一考です。

予防的観点を重視したメンタルヘルスケアを

メンタル不調を予防するための視点と、取り組みを進める際に気を付けたい点について整理しました(図表7)。

メンタルヘルスケアは、不調者が発生してから対応するだけでなく、未然に防ぐ取り組みが重要となります。また、働きやすい環境を整えることは、医療の質向上や医療事故の低下、職員の働く意欲も高まる等、多方面に良い影響を及ぼします。

メンタル不調は誰もが発生する可能性があり、働く全ての人に関わるテーマであるということを組織全体に浸透させ、職員を孤立させることなく、一人ひとりの状態に合わせたケアを進めていくことができるよう取り組みを進めていきましょう。