災害時等に医療を継続していくための「事業継続計画(BCP:business continuity plan)」については、災害拠点病院などでは策定が進んでいるものの、クリニックなどの中小規模の医療機関では十分に整備できていないところが少なくありません。また、策定後に点検や評価を十分に行えず、計画が形骸化するケースも散見されます。

BCPを策定する必要性を踏まえながら、策定時の留意点や見直しを図る際のポイントなどについて解説します。

医療機関におけるBCP策定の必要性

近年、全国各地で地震や風水害による災害が頻発し、医療機関にも大きな影響を与えています。

昨今の大雨による災害では、多くの医療機関が浸水被害に見舞われ、通常の医療提供が困難な状況に陥るなど、風水害の激甚化はこれまの想定以上の被害をもたらすとともに、復興に時間を要するなど深刻な状況を生み出しています。

また、2016年の熊本地震では、夜間に発生したこともあり職員の参集に時間を要したことや、ライフラインや建物の破損により入院患者を他の医療機関へ転院させることを余儀なくされるといった事態が起こりました。

大規模災害が発生した際、医療活動の中心となるのは災害拠点病院ですが、それ以外の医療機関においても協働して対応していくことが求められます。一方で、自院も被災している状況下においては、ライフラインや通信手段の途絶、設備の破損、医薬品等の物資が不足するほか、十分な人員を確保できないなどいった問題も生じる可能性があります。

こうしたリスクを想定しながら、災害時に業務を中断させることなく、できるだけ早期に平常時の状態に回復させる、あるいは、医療需要の増加を予め考慮した業務の遂行方策をBCPとして定めておく必要があります。

BCPを策定する際の留意点

(1)項目に沿って必要な事柄を整理する

一般的なBCPの構成を(図表1)に例示します。

 

(図表1)BCPの構成(例)

項目

記載する内容

 Ⅰ 

基本方針・組織体制

・公表されている自治体のハザートマップや自院の立地状況等から、起こりうる災害の内容や規模を想定する

・起こりうる災害のレベルを整理し、レベルごとに求められる対応について整理し、基本方針を立てる

・職員の参集基準や参集方法を整理する

 Ⅱ

現状の把握

・地域における自院の位置づけや災害時の組織体制、診療の継続や避難の判断基準、ライフライン・物品等資源の確保状況、人員の確保状況など現状を把握する

 Ⅲ

被害想定

・時間の経過ごとに、ライフラインや通信設備、道路や鉄道など周辺環境の被害状況を想定する

・時間の経過ごとに、死亡者や負傷者の数を想定する

・Ⅱをもとに、自院においてどのような被害が発生するかを想定する

 Ⅳ

通常業務の整理

・各部署において通常行っている業務と必要な資源について整理する

 Ⅴ

災害時における優先業務の整理

・想定した災害のレベルに応じて、災害時に行う業務と通常業務の中でも優先して行う業務について整理するとともに、必要な資源や人員を洗い出す

 Ⅵ

参考資料

・必要な様式や関連する院内のマニュアル、資料のほか、備蓄品の一覧などを添付する

 

「Ⅱ 現状の把握」については、厚生労働省が2013年に公表した「BCPの考え方に基づいた病院災害対応計画作成の手引き」にある「BCPチェックリスト」(図表2)を、自院の規模に合わせて読み替えながら用いると、必要な事柄をもれなく確認しやすくなります(図表3)。

また、厚生労働省が介護施設・事業者向けに作成した「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」(2020年)にも、策定の方法が詳しく書かれていますので、活用をお勧めします。

 

(2)災害対策マニュアルとの整合性を図る

医療機関の中には、BCPは策定していないが災害対策マニュアルは作成済みであるところも少なくないと思います。災害対策マニュアルは主に命を救うための医療行為に主眼が置かれていることが多いのに対し、BCPは、それらに加え、医療機関の持つさまざまな機能を可能な限り低下させることなく事業全体を継続していくことができるよう、必要な体制や対応を盛り込んでいくところに特徴があります。

実際、2016年の熊本地震では、災害対策マニュアルを整備して訓練も重ねていたにも関わらず、十分な対応ができなかった医療機関が多くあったといいます。既存の建物や設備、人員があることを前提につくられているマニュアルも多いということを認識するとともに、マニュアルに書かれている医療行為を、災害時の限られた医療資源の中にあっても適切に行うことができるよう、BCPの中にしっかりと記していくことが求められます。

(図表1)の項目のうち、特に「Ⅴ 災害時における優先業務の整理」の部分については、災害対策マニュアルと重複する内容が含まれる可能性がありますので、前述した視点を意識しながら整合性を図っていきましょう。

BCPを見直す際のポイント

BCPは災害時に機能しなければ意味がありません。避難訓練を実施する際や災害に関する職員研修を実施する機会に合わせ、内容の見直しと必要に応じて改善を図ります。

また、昨今の情勢を踏まえ、特に次の点についてはBCPの基本的な項目の見直しに加え、改善していく必要があるかどうかを確認していきましょう。

 

(1)感染症への対応

当面は、新型コロナウイルス感染症の影響による病院機能の低下に備える必要があります。

感染症対応BCPは災害対応BCPとは事業継続にかかる基本方針や被害想定、業務への影響などが異なることから、国が示す新型インフルエンザ対策にかかるガイドラインや対策立案のための手引き等を活用しながら、別途計画を策定している医療機関も多いと思われます。マニュアルとの整合性と同様、双方のBCPに記載されている内容に齟齬や乖離がないかを確認しましょう。

新型コロナウイルス感染症については、被害が解消されるまでの期間など想定が難しい事柄も多くありますし、これまでの状況から、対応には多くの人員が割かれることが見込まれます。「できるだけ早期に平常時の状態に回復させる」という視点で策定される災害対応BCPと同じように取り組みを進めることは困難であると考え、予め縮小する事業や休止する事業を決めておくのも一つの方法といえます。

併せて、少ない人員でも事業を行うことができるよう、勤務体制や業務の分業化策なども明記しておくとよいでしょう。

感染症対応BCPについては、介護業界向けに厚生労働省が「介護施設・事業所における新型コロナウイルス感染症発生時の業務継続ガイドライン」(2020年)を公表しています。また、独立行政法人国立国際医療研究センター病院国際感染症センターからは、「新型コロナウイルス感染症発生時における診療継続計画書ひな型」や「立案の際のポイント集」(2021年)も公表されていますのでご参考ください。

 

(2)支援者や物資の受け入れ対応

災害が発生すると、DMATや医療支援チームが応援に駆け付けます。また、医療品や食料などの支援物資も次々と運ばれてきます。そうした資源をいかに活用していくかも災害時の事業継続においては欠かせない要素です。

支援者を受け入れるためのスペースの確保や協働に向けた調整の手順なども、予めBCPに記しておく。また、支援物資については保管場所に加え、在庫状況の管理方法などについてもできるだけ記載し、不足した場合に迅速に対応していけるよう備えることが大切です。 

 

災害時の不安と混乱の中、傷病を負った方々がもっとも身近な拠り所とするのは、かかりつけ医など、地域に根差して活動する医療機関であることを改めて認識し、万が一の備えとしてではなく、常に起こりうる事態に対応するためのBCPづくりを進めていきましょう。