
2024年度の医療・介護・障害福祉分野におけるトリプル改定において各専門職の賃上げ・処遇改善は大きなテーマとなっています。診療報酬では新たに「ベースアップ評価料」(以下「ベア評価料」)が新設されるとともに、初再診料や入院基本料等の引き上げによりエッセンシャルワーカーを中心とした専門職の賃上げを促しています。また、介護・障害福祉分野においては、従来の処遇改善加算制度の仕組みが再編され、より柔軟な運用が認められるようになりました。本稿では、各制度の概要と算定に伴う留意点などについて解説します。
新設されるベア評価料の概要
今回の報酬改定において引き上げられる初再診料や入院基本料等はすべての医療機関を対象に一律で行われるのに対し、ベア評価料は医療機関ごとに算定するか否かを選択します。算定した場合とそうでない場合では、患者の医療費負担額が異なります。例えば、無床診療所において「外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)」を算定する場合、初診時には6点(60円)の上乗せとなるため、3割負担の被保険者であれば18円の負担増となります。
ベア評価料にはいくつかの種類があり、算定できるものが施設種別により異なります。
ベア評価料の区分 |
算定できる事業所 |
⑴ 外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)・(Ⅱ) |
病院・有床診療所・無床診療所 |
⑵ 入院ベースアップ評価料 |
病院・有床診療所 |
⑶ 訪問看護ベースアップ評価料(Ⅰ)・(Ⅱ) |
訪問看護ステーション |
⑷ 歯科外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)・(Ⅱ) |
歯科 |
※(1)・(2)は一定要件のもと、いずれの算定も可能
賃上げの仕組みの概要
ベア評価料と初再診料や入院基本料等の引き上げによる賃上げは、対象職種をはじめ以下の相違点があります。前者は算定した報酬分を漏れなく職員の賃上げに充当する必要があり、これに係る計画書や実績報告書の作成・提出が必須となります。これに対し後者は賃上げ以外の運用も認められるため、人件費以外の経費への充当や内部留保とすることなども可能となっています。
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ベア評価料 |
初再診料や入院基本料等の引き上げ分 |
診療報酬改定率 |
+0.61% |
+0.28% |
対象職種 |
薬剤師、保健師、助産師、看護師、などのコメディカルが中心 |
40歳未満の勤務医師、事務職員、など |
賃上げへの充当 |
必須 |
任意 |
計画書・実績報告書の作成 |
必要 |
不要 |
ベア評価料の算定に伴う手続きと準備
ベア評価料を算定するためには「賃金改善計画書」の届出が必要となりますが、以下の手順に沿って準備します。
①評価料等の算定 |
厚生労働省の「計算支援ツール」※を用いて事業所におけるベア評価料(および入院基本料等の引き上げ分)を計算します |
②配分ルールの検討 |
「職種」・「給与項目」・「金額」などの配分ルールを検討します |
③賃金改善計画書の 作成・届出 |
配分ルールに基づき「賃金改善計画書」を作成します。ベア評価料を2024年6月より算定する場合は6月3日※までに管轄の厚生(支)局へ届け出ます(それ以降に届出を行う場合は、届出月の翌月から算定が可能になります) |
※ベースアップ評価料計算支援ツール(歯科・歯科・訪問看護)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000196352_00012.html
※一部の算定項目(外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)、歯科外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)は、6月21日まで届出期間が延長
なお、届出後は四半期(毎年3月、6月、9月、12月)ごとに「賃金改善計画書」の内容を精査する必要があります。ベア評価料等の収入は診療報酬本体と連動するため、その期間の患者数等に左右されます。当初の収入・配分計画が一定の金額範囲以上の変更となる場合は改めて届出を行います。
ベースアップと配分の考え方
ベア評価料における「賃上げ(ベースアップ)」とは、決まって毎月支払われる給与や手当による賃上げを指します。一般的なベースアップ(賃金表の改定等による基本給の引き上げ)だけでなく、基本給の昇給、手当(交通費を含む)の増額・新設などもベースアップとみなされます。
基本給の引き上げは、賞与や退職金等へも影響が及ぶため、職員にとってのメリットは大きい反面、事業所としては総人件費の上昇リスクを考慮する必要があります。既存の手当の増額や「処遇改善手当」などを新設よる対応は、比較的柔軟な運用が可能となるため総人件費の管理もしやすくなります。手当を見直す場合は給与規程の変更が必要となる点は注意が必要です。
その他、賃上げの対象となる・ならない給与等項目は以下となります。
賃上げ対象とされる |
賃上げ対象とされない |
① 基本給等の引き上げ ② ①を実施したことによる賞与増加分 ③ ①を実施したことによる時間外手当増加分 ④ ①を実施したことによる法定福利費増加分(事業者負担分等) |
① 役員報酬 ② 毎年の定期昇給分 ③ 業績に連動して引き上がる賞与
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配分額を検討する際には、単純に対象職種に均等配分する方法と、職種等に応じて傾斜配分する方法が考えられます。傾斜配分の仕方としては、職種別・職位別などにより配分額(・率)に差つける方法が考えられ、属人的な要素はできるだけ排除し、合理的・画一的な根拠に基づくルール設定が求められます。
医療法人等の賃上げ促進税制について
2022年度から2023年度までの時限措置として導入された賃上げ促進税制ですが、2027年度まで期間が延長されました。医療法人等が行う賃上げについて、ベア評価料等による改善もこれに換算することができます。概要は以下のとおりです。
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中小規模 |
中規模 |
大規模 |
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規模要件 |
資本金1億円以下の法人等、または 従業員数1,000人以下の個人事業主 |
従業員数2,000人以下の企業または個人事業主 |
全企業または個人事業主 |
|||||
継続雇用者の 給与等支給額 (前年度比) |
+1.5% |
+2.5% |
+3% |
+4% |
+3% |
+4% |
+5% |
+7% |
税額控除率 |
15% |
30% |
10% |
25% |
10% |
15% |
20% |
25% |
※全事業規模で青色申告書の提出が必須
介護職員等処遇改善加算の再編
介護・障害福祉分野の処遇改善加算制度も今改定で再編されました。従来、①(福祉・)介護職員処遇改善加算、②(福祉・)介護職員等特定処遇改善加算、③(福祉・)介護職員等ベースアップ等支援加算、の3加算で構成されてきた仕組みは、(福祉・)介護職員等処遇改善加算に一本化されます。従来の3加算は「配分可能職種」・「職種間での配分比率」・「処遇改善すべき給与項目」などについてそれぞれルールが設定されており、この点がかなり複雑になっていました。今改定で一本化されたことにより、これらのルールの一部が引き継がれるものの、配分可能職種や配分額は各事業所が自由に設定できることとなりました。
【従来の3加算の主なルール】
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(福祉・)介護職員処遇改善加算 |
(福祉・)介護職員等処遇改善加算 |
(福祉・)介護職員等ベースアップ等支援加算 |
配分可能職種 |
(福祉・)介護職 |
(福祉・)介護職以外にも配分可能 |
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職種間での 配分方法 |
- |
(福祉・)介護職以外の改善平均額は、(福祉・)介護職の改善平均額の1/2以下 |
- |
処遇改善すべき給与項目 |
基本給・手当・賞与・一時金など一部例外を除いて自由に設定可能 |
2/3以上は基本給などの月額賃金に充当 |
※ 障害福祉分野は「福祉・介護職員処遇改善加算」の名称で運用されています
【新加算の区分別算定ルール】
新加算Ⅰ |
・新加算Ⅱの要件を満たす ・経験技能のある(福祉・)介護職員を事務所内で一定割合以上 |
新加算Ⅱ |
・新加算Ⅲの要件を満たす ・改善後の年収が440万円以上となる職員が1人以上 |
新加算Ⅲ |
・新加算Ⅳの要件を満たす ・資格や勤続年数等に応じた昇給の仕組みの整備 |
新加算Ⅳ |
・新加算Ⅳの1/2以上を月額賃金で配分 |
職員や患者への説明をきちんと行いましょう
トリプル改定で各分野の処遇改善加算が整備されたことにより、診療・介護など異なる分野の事業所を運営する法人においては、ルール設定や管理がかなり複雑になります。職員の側からすると、賃上げに対する期待感は高まっていると想定され、法人の処遇改善に対する方針を説明することが重要となります。
また、ベア評価料を新たに算定する事業所においては、診療明細書上にベア評価料の点数が記載されることになります。算定に際して医療機関側から患者へ事前説明などを行う義務はありませんが、照会を受けた場合にはこの点数の意味合いやエッセンシャルワーカーの賃上げという目的などについて説明する必要があります。
申請手続きと併せて、職員や患者などへの説明に向けた準備にもきちんと取り組みましょう。