
電子カルテの導入や遠隔診療、ウェアラブルデバイスデータの解析など、医療のスタンダードが大きく変化しています。急速に発展するICT化を背景に、エッセンシャルワーカーが求められる知識やスキルは、近年より高度なものになっています。「リスキリング」という言葉が世界的な共通言語になったのは、2018年の世界経済フォーラム年次会議(通称ダボス会議)において「2030年までに全世界で10億人をリスキリングする必要がある」と発表されたタイミングに遡ります。これを契機に各分野においてリスキリングの必要性が説かれるようになり、職場のマネジメントに不可欠な要素の一つとされています。今号では医療現場に求められるリスキリングをテーマに、実態と必要性について解説します。
リスキリングの定義と意義
経済産業省ではリスキリングを『新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること』と定義しています。言い換えれば、社会の変化に対応した新しい知識やスキルを学ぶことによって、異なる職務への転換や既存の職務から新たな分野への挑戦を企業主導で行うものであり、これまでの単なるOJTではない職員を育成する取り組みとしても注目されています。冒頭の電子カルテの導入等のDX領域はその代表例となりますが、語学やコンサルティング、デザイン、クリエイティブなども今後ますます必要性が高まる分野と言われています。
医療機関におけるリスキリングの動き
国内の医療機関における動向としては、政府主導のもと、以下の取り組みがなされています。
①文部科学省「ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業」
大学医学部における養成課程の段階から、医師の地域偏在及び診療科偏在や高度医療の浸透、地域構造の変化等の課題に対応するため、将来、地域医療に従事しようとする意思をもつ学生に対して、オンデマンド教材とVirtual Reality(VR)コンテンツなどをもちい、水準の高い教育を可能とする基盤を創り、地域で求められる医療人材育成に役立てることを目的としています。(ページ下部「ポストコロナ時代の医療人材養成拠点形成事業」参照)
②公益社団法人全日本病院協会「医療DX人材育成プログラム」
病院内で医療DXの戦略を考えられる人材の養成を目指すことを目的に、医療機関の実情にあった医療DX導入のヒントやシステムづくりに強い人材の育成、医療DX推進の要となる人材の育成をテーマに以下のプログラムを開講しています。
- 電子カルテ、スマートフォン、生成AIなどのICT関連機器やアプリなどの知識
- セキュリティー、ネットワークとWeb関連などのインフラや保守関連の知識
- 業務フロー作成やシステム導入にむけたシミュレーションなどの管理手法
医療機関におけるリスキリング導入の取り組み
主なリスキリングの導入例としてAIを活用するスキル、プログラミングスキル、ITシステムを扱うスキルの習得を目指す取り組みなどが挙げられますが、医療機関において取り組んでいる又は今後求められているテーマと想定されるリスキリングの内容は以下のとおりです。
テーマ例 |
職種 |
リスキリングの内容 (目的) |
①電子カルテの導入・転換 |
管理職、事務管理・企画人材 など |
自院の電子カルテの立ち位置を見定め、どのタイミングで導入・転換を図るか戦略(計画等)を立てられる病院内人材の養成 |
②業務時間の削減 |
管理職、事務管理・企画人材 など |
RPA(事務作業を自動化可能なロボット技術)に精通した、IT人材の育成 (RPAを導入することで、業務の生産性向上、単純ミスの撲滅、作業時間の迅速化が可能) |
③オンライン診療 |
医師、医療従事者、事務管理・企画人材 など |
オンライン診療という新たな事業展開を推進する人材および従事する人材の育成 |
④より高度な医療技術の習得、ニーズのある診療科への配置転換 |
医療従事者、医療事務員 など |
地域のニーズに応じ、診療科の新設や展開、配置転換等に対応できる人材の育成(スペシャリスト化、多能工化) |
⑤多文化への対応 |
全職員 |
言語や文化的に異なる患者への対応力を強化する |
⑥組織運営、管理力の向上 |
全職種 |
対象、もしくは候補者に対する部署を管理運営するマネジメント力やリーダーシップ向上を図る |
医療機関におけるDX化の成功例とリスキリング
ある医療法人では、DX化を推進、電子カルテの導入による情報の一元化、共有化などにより生産性の向上を実現しています。当該法人では、2019年頃からICTを活用したスマートベッドシステムを導入し、夜勤看護師の廊下滞在時間の減少、仮眠時間の増加といった業務負担の軽減につなげたほか、外来診療では、かかりつけの患者に対するオンライン診療を実施し、2020年からの約2年半で4,500件を超え、さらに発熱外来ではAI問診をフル活用するなど、積極的にICTの活用に取り組んでいます。
このように、DX化は、医療現場での効率化や質の向上をもたらしています。DX化の推進に必要なリスキリングをおこなうことで、スタッフが新しい技術に適応し、地域医療の推進など新たな医療展開を実現することが可能となります。
現状の課題とこれからの医療機関に求められるもの
帝国データバンク『リスキリングに関する企業の意識調査(2024年)』によれば、リスキリングに関する取り組み状況は、「取り組んでいる」と回答した企業(法人)は8.9%にとどまり、今後に意欲的な「取り組みたいと思う」は17.2%と、「リスキリングに積極的」である割合は26.1%という結果となっています。業種別にリスキリングに「取り組んでいる」割合を見ると、「医療・福祉・保健衛生」分野は15.3%と、第3位ではあるものの、時間・費用・人材などのリソース不足は大きな課題となっています。これらの課題に対して、一気に解決を図るのではなく、できることから少しずつ取り組むことでノウハウを蓄積することが大切です。
リスキリングはこれまでのような、従来通りのOJTや研修とは異なります。これまでにはなかった仕事を生み出す人材や、新たな事業展開の中心を担える人材、DXを構築する過程の中で院内に「こういう人が足りない」という部分を補えるような、人材育成を目指していく必要があります。まずは、自院のスタッフがどのようなスキルを有しているかを把握し、可視化することが第一であり、具体的に何を目指すのかを明確にすることが必要です。それに伴うリスキリングも人材戦略によるものでなければなりません。医療の管理運営における経営方針やDX化に紐づけられた人材育成の方針があってはじめて、リスキリングが効果を発揮するため、来る将来の展開に向けた準備を早めに取り組んでいきましょう。
